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11月も後半に差し掛かり、本格的な冬の訪れをはっきりと感じる事のできる。 そんなあるどんよりと曇った日の午後、 俺はいつものように南海電車に揺られて難波駅に向かっていた。電車の中からは、いつも見慣れた景色が自然に流れていたが、 いつもと違う点が一つあった。俺たち南海沿線の人間にとってのシンボルとも言えよう大阪球場のスコアボードが とうとう無くなってしまっていたのである。これを見て寂しい気持ちになったのは俺だけなのか。 逆に、使われなくなってかなりの時間が経過しているのに、いままでしつこく残していたのが不思議だったので、 無くなってくれて清々したという人も多いであろう。 俺らの小学生時代は野球が全盛期で、始めて大阪球場に行ったのもその頃である。 南海沿線に住む小学生は、巨人の王や長嶋より、阪神の江夏より、南海ホークスの野村がアイドルだった。野球選手になりたくて、 頻繁に大阪球場に足を運んでいた小学生時代の話しである。 高校時代には、すっかり野球にも興味が無くなってしまっていて、 遊び場として大阪球場に足を運んだものだ。土曜日の昼間に無料で見れた2軍の試合に、ビールと王将のギョーザを持ち込んで 外野席で宴会をするのである。酔っぱらった高校生に恐いものなんて全くない。気が済むまで野次りたおし、暴れさせてもらったものである。 そういえば、西城秀樹が毎年夏に野外コンサートをしていたのも大阪球場であった。どんな時にも、球場のシンボル的存在である スコアボードは輝いていた。 そんなギラギラ光っていたはずの大阪球場であったが、南海ホークスがダイエーに買収されてから 余り使われなくなっていった。その後、住宅展示場や競馬の場外馬券売り場にも使われたりしていたが、熱狂的に野球やショウを楽しむ場所では なくなってしまっていた。そのうち、球場の半分がぶち壊され、跡地に大規模なビルの建設が発表された。そして、 夏の終わりに俺の思い出の大阪球場は全滅してしまった。 ただ、おかしな事に球場自体はなくなっているのに、ひっそりと申し訳なさそうに スコアボードだけが残っていたのだ。勿論、そこには選手の名前も点数もはいっていないし、シチズンの時計も12時ちょうどで止まったままで、 何の役目も果たしていない。 どうせなら、一気にスコアボードもぶっ壊してしまえばよかったのに、何故そこだけ残していたのか。 そんな事を考えていると、あらゆる想像が頭の中を駆け巡った。もしかして「スコアボードを通天閣の次の大阪のシンボルとして 永久に保存するのではないのか」そんなアホな想像もしたりしながら、電車の窓から毎日のように、いつ無くなるかも知れぬスコアボードを 眺めていたのである。それが、とうとう消えてしまった。 明日から余計な事を考えなくて済むのでスッキリした気もするが、 やはり寂しい気分である。2002年もそろそろ消えてしまう。もう時間の問題である。 2002年は何をした。 何を残した。 俺は2002年を十二分に楽しんだので後悔はしない。 思いでもたくさん作った。 行ってしまう2002年を寂しがったりしない。 残された2002年を精一杯楽しむだけである。 皆さん!是非ともファンダンゴに遊びに来て、俺と一緒にとことん楽しもう。 P.S 今年お世話になった皆様ありがとうございました。 ファンダンゴは永遠に続きますので、これからもヨロシクお願いいたします。 |
| (写真/俺ら 文/KTO) |
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