![]() |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
![]() |
| ※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を 受け付けています。お気軽にお問合せ下さい。 |
「あんた〜、ケロッグ食べてから行っといで〜!」毎朝、母親はそう言って、ラジオ体操へ行く僕を送りだした。今はどうか知らないが、僕が小学生の頃は、 夏休みになると至る所でラジオ体操なるものが開催されていた。恐らく、皆さんも一度は経験された事があるであろう。 朝の6時30分から、 どこからともなく同じ地域の小学生が集まって来て、皆一緒に近所の原っぱでラジオ体操を始めるのだ。せっかくの夏休みの早朝から、何が嬉しくて、 僕らは集まっていたのだろうか。答は簡単だ。それは、景品目当てと言って過言ではないであろう。毎日、体操が終わると、各自持参しているラジオ体操参加カード なるものにハンコが貰えるのだ。最終日には、そのカードのハンコの数に応じた商品が配られる仕組みである。景品と言っても、ノートやエンピツやケシゴムで 大した物など全くないのだが、当時は必死に「僕はガンバリました!」とオーバーにアピールして、少しでも高価な景品を手に入れようとしたものだった。 まあ、そんな景品目当てに参加していたのも、小学校の低学年の頃の話で、高学年になると草野球にどっぷり浸かってしまっていた。 朝の7時にラジオ体操が終り、ハンコを押してもらうと、すぐに2チームに別れて野球を始めるのだ。僕らの頃は、今みたいにサッカーなんてほとんど無く、 野球一色に染まっていた時代である。2チームに分かれると、まずはチーム名を決める。そこんとこは小学生らしく「お尻プリプリズ」やら「大天才チーム」やら 「巨大ウンコ」など、今考えてみると何とも言えぬチーム名ではあるが、このチーム名を決めるのが面白くて仕方なかった。光化学スモッグという言葉は知っているものの、 日射病も熱中症も知らなかった僕らは、7時から12時までぶっ通しで野球を楽しみ、昼になると各自家に帰って、日清のヤキソバなど食って少し休み、 また昼から自然に集まって来て、夜の7時頃まで野球を楽しむのだった。メンバーが集まらずに試合が無い時にも、僕は一人で壁にボールを当て 「ピッチヤー第1球を投げました」「打った〜!」「おっと、これはピッチャー真正面」などと独り言を言いながら、スコアを付けて、一人頭の中で試合をしている程の 野球少年であった。そんな、将来は絶対にプロ野球の選手になるはずであった僕が、何処で足を踏み外してしまったのだろうか。 それは、忘れもしない小学六年の夏である。 ある時、地元の野球チームで活躍していたつもりの僕が、急にレギュラーから外されたのだ。余りのショックで、急にやる気を無くした僕は、 やる気満々の友達のグローブの全部の指にカナブンを突っ込んだり、弟との兄弟ゲンカで弟のバットをへし折ったりしたものだ。そんな僕は中学生になって、 野球部に入りたい気もしたが、先輩に脅されてサッカー部に入り、野球程熱中することも出来ずに3年間もの間を補欠で過ごす事になった。 そんな何とも言えない時期に出会ったのが、未だに熱中しているロックなのである。僕はそれから、グローブもバットも捨てて、グラウンドを走り回る事も止めてしまった。 そして今、ロックの世界にどっぷりと浸かって、毎晩楽しんでいる。そんな、バットとグローブを捨てたはずの俺であったが、それを取り戻す時期が来たようだ。 俺らは、ソフトボールチームを結成した。その名も「ラヴジューソー」。いい名前じゃないか。Tシャツも作ったぜ。7月26日に「清水音泉チーム」と全ての 打ち上げ代金を賭けて、一世一代の勝負をするぜ。俺の苦かった野球少年時代を良い思い出に変えてやる。まずは、ラジオ体操からのスタートだ。 そう、そう、その前にケロッグも忘れたらアカンな。この俺の人生を賭けた試合の結果報告は、来月号で発表させてもらうこととしよう。 ちなみに、ケロッグとは、コーンフレークに牛乳をかけて食べる事である。最近、実家に帰った時も母親は言ってくれた。 「あんた、ケロッグ食べてから帰り〜」と。 |
| (写真& 文/『ラヴジューソー』ファースト担当 加藤球一) |
| 7/16 live report | 7/17 live report | 7/19 live report | 7/23 live report |
| スケジュール | インフォ | pick-up | リンクス |
| Return to Top of page↑ |