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20th本

ウルトラ募集

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吠えろ!ファンダンゴ!!
#93 ファンダンゴと僕の20年 その3(1989〜1990))



  1989年、バブル全盛の年であり、音楽業界で言うところのバンドブームの頃である。 日本人が最高に浮かれていた時代だったと言うべきなのか。今でもそうだが、金、金、金。 特に、泥にまみれていた時代であったように思う。多分、当時の僕はそんな時代の背景に甘えながら、 日々を生活していたんだろう。
同年代の人間が、ウルトラマンの次に偉いサラリーマンとして、 世に飛び出して行ったにも関わらず、僕はと言えば、親のスネをかじるだけかじって、 ノホホンと学生生活を続けさせてもらっていた。偉そうに学生生活と言っても、将来何をしたいとか、 どうなりたいとかも全く無く、一日一日が楽しければそれで良いというような考えで生活していた。 アルバイトで稼いだお金はすぐにレコードや酒に代わり、お金が底を突けば、 何かと仕事を見つけてはお金にする。そんな事の繰り返しだったような気がする。
当時、再放送していた僕の人生のバイブル的ドラマである中村雅俊主演の
「俺たちの旅」 にかなりの影響を受けていたのは確かだ。
「人生なんてさあ、一回きりなんだよお。 楽しまなけりゃ、意味なんてないんだよ!」と熱く叫ぶ中村雅俊演じる「カースケ」の言葉に よっぽど説得力があったのだろう。そんな「俺たちの旅」には、今だに影響を受けている。 気になる人は絶対に見といて下さい。お薦めします。

そんな生活を続けていた1989年11月、始めてファンダンゴと出会った。 当時、一番見たかったバンド「FOOLS」が十三のライブハウスに来ると聞いたのだ。 十三?そういえば、小学校低学年の頃に一度だけ親父に連れられて行った記憶がある。 薄暗い居酒屋で卵焼きを食べさせてもらったなあ。それだけの印象であった。 ようやく十三駅に到着した僕達は、始めて行くファンダンゴまで辿り着くのに、 何故か30分位かかった。どこをどう迷ったかは覚えてないが、ギラギラした十三の 町並みが以前に訪れた時の印象と大きく違ったのだけは覚えている。
「あった!あった!ここや!ここや!」やっとの思いでファンダンゴに到着した。 薄汚れた銀色の壁に描かれた壁画、コンクリートで固められた入り口、壁に張られた派手なポスター。 今まで通って来たライブハウスとは少し違う印象を持った。
入るのさえ恐かった「エッグプラント」、 こんなビルに本当にあるのかと思った「キャンディーホール」、ちょっとオシャレでアダルトな 雰囲気の「バーボンハウス」に「バナナホール」。ファンダンゴは僕にとって、 それらとは少し違った感じに見えた。
トンネルを抜けると、そこには受け付けがあった。
「いらっしゃ〜い!」ファンキーな姉ちゃんが、 桂三枝ばりに迎えてくれる。こんなに明るく迎えてくれるライブハウスがあったのか。 入ったら入ったで「毎度、今日は何いっとく〜!」と、ファンキーな兄ちゃんが注文を取りに来る。
「始めて来たのに、毎度はないやろ」と思いながら「お金がないんです」と言うと 「友達の子、お金持ってたで。借りたらええねん!」と、強引に注文を取ろうとする。
「どんだけよ〜」と思いながらも、すっかり雰囲気に飲まれてしまいコーラを注文している俺がいた。 辺りを見渡すと、明らかにスタッフと思わしき人間がお客さんと一緒になって、 酔ったうえに騒いでいるではないか。全く不思議な空間だ。
幅が広く手摺のない階段、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたステージ、ホールにそびえる太い柱、 いかついバーカウンター、そして何かが起こりそうなザワザワした雰囲気。
その始めて感じるような独特な空気に包まれながら見たライブが、良かったのか悪かったのか 覚えていないが、楽しかったのは確かだ。と言うか、気が付けばベロベロに酔っていた。 そんな衝撃のライブハウス「ファンダンゴ」に再び訪れたのが1990年4月のことである。 そこで、僕は運命的なポスターを見つける事となる。

冒頭でも書いたが、1989年、1990年は世間的にバンドブームと呼ばれていた時代である。 ただ、そんなブームもここファンダンゴではほとんど無縁な感じがあったように思う。 ファンダンゴにとっては、ようやく地元のインディーズバンドに認識された頃である。 そして何よりも大きかったのは、当時の大阪のパンク・ハードコア・シーンの中心であった ライブハウス「エッグプラント」が89年12月に閉店してしまった事ではないかと思う。 90年初頭、活動の場を求めて「エッグプラント」で活躍していたバンドの多くが「ベアーズ」や 「ファンダンゴ」に流れてくる事になる。それによって、またまた「ファンダンゴ」は 面白い連中と出会う事となるのだった。(続く)
(写真/BODY &店内 文/加藤鶴一)

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