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20th本

ウルトラ募集

PIPE
混雑時は何人もがよじ登った思い出の鉄柱(中央水色)

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吠えろ!ファンダンゴ!!
#98 ファンダンゴと僕の20年
その8(1994ー1997)



  1994年に入っても、僕はブッキングで精一杯だった。次の月のスケジュールを 埋める為の日々が続いていた。最初は「ブッキングだけはしたくない」と宣言していたのだが、 「ブッキングなんて簡単やで。バンドに来てもらえば、何とかなるって! スタッフみんなでやればええやん!」という甘い言葉に騙されながらも、何とか日々の営業は 続けていたのだが、そんなスタッフも一人減り二人減りしているうちに、僕だけが残されて しまって、結局一人でブッキングをするようになっていた。一日一日を何とか埋めているだけの ブッキングに何が残る訳でもなく、結局は赤字が残るだけだった。そんな状態に悩みながら、 何とかこの状態を打破しなければと考えてはみるものの、頭には何も思い浮かばない。 どうすれば良いのか?これは行動するしかない。誠に安直ではあるが、連日連夜のように ファンダンゴのスタッフやバンド関係の人々と徹夜で遊んだり、他所のライブハウスで ベロベロに酔っぱらったりしていた。結局、こんな事しか出来なかった。でも楽しかった。 そんな事を繰り返しているうちに、だんだんと状況は良くなっていった。色んな人と出会い、 そこで面白い話を貰ったし、面白いバンドを紹介してもらったし、気が合えば一緒にイベントを 組んだりもした。そんな94年末、毎年恒例の年末のオールナイトライブを開催したが、 近隣からの苦情が炸裂した為、この年を最後にオールナイトライブを断念する事になる。

明けて95年、正月気分がようやく落ち着いた頃、阪神淡路大震災が発生した。 ファンダンゴ自体の被害は大した事はなかったのだが、2月までのスケジュールは 半分くらいがキャンセルとなった。あの頃、何度か神戸に足を運んだが、あの悲惨な光景は 死ぬまで忘れられないであろう。ただ凄かったのは、あの地震以降の神戸のバンドの団結力と 盛り上がりである。その当時、大阪では「TAG RAG RECORDS」周辺やスマッシュウエストによる 「AH-WOOT RAPP」が特に盛り上がっていた。あまりはっきりと覚えていないのだが、 僕が店長になったのは、多分この頃だったと思う。僕がトイレから出ると、 そこに前店長のMUさんが仁王立ちしていて、いきなり「今から、あんたが店長やから頼むで!」 と言われた。僕はあまりの勢いに押されながらも「え〜、何で〜、嫌や」と答えたが、 「あんたしか居てへんやん!給料もちょっと上げて貰うから!」という一言で納得してしまった。 ブッキングマネージャーとしても納得のいく仕事が出来ていないのに、店長も任されてしまった僕は 、何をどうすれば良いのか分からぬまま、96年に突入するのだった。

96年は、何と言ってもメロコアが爆発的に盛り上がっていた。こんな狭いライブハウスに 300人も400人もヤングが詰め掛けるのだ。当時、古臭いクーラーが2台しか無かった ホールは、熱気どころの騒ぎではなかった。特にステージは強烈に熱かっただろう。 当時は、柵もセキュリティーも無かった。そんな状況で、怪我人も少しは出たが、 大きな事故につながらなかったのは、出演者とお客さんの意識の賜物であろう。 現在では250名で売り切れとしているし、クーラーも4台あるし、ウルトラ警備隊という名の セキュリティーも存在している。あと沸々と盛り上がってきたのが、ガレージパンク周辺であった。 イベントを重ねるごとに、お客さんが倍に増えるし、新しく面白いバンドが次々に出てきた。 96年の僕の個人的な思い出といえば、僕のアイドルであった「男はつらいよ」の寅さんこと 渥美清さんがこの世を去った事くらいか。

97年、かなり老朽化が進んでしまったホール内を一部改装することになる。 昔のファンダンゴの映像を見たことがある人は分かると思うが、まずはステージの真上に ぶら下がっていた鉄柱の排除。この鉄柱が落ちると30人は死ぬと言われていた代物だ。 そして、既にグラグラになっていた手すり無しの非常に危険な階段の排除。 床も、歩いているだけで足を切ってしまうアルミ板から、プラスティクタイルへ変更。 クーラーも4台に増やし、ボコボコに穴が開いた木製のバーカウンターも現在の物に入れ替えた。 これで何とか安全な内装になって営業再開である。 1997年夏、そんな心機一転の状態で10周年に突入しようとしているファンダンゴであった。
(写真&文/加藤鶴一)

STEP
数え切れない位に人が転げ落ちた思い出の階段(後方銀色)
おれ
俺(1995)

DVD

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