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『今にも壊れてしまいそうなメガネで・・/ファンダンゴにて』 |
| ※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を 受け付けています。お気軽にお問合せ下さい |
秋の心地よい風に吹かれながら夜道を歩く。このまま、お寺通りを真っすぐ行けば、僕の家に辿り着く。 この通りは、お寺が乱立している。その各寺々が四季折々に様々な花木を咲かせており、いつ歩いても それなりに季節の移り変わりを肌で感じる事が出来るので、僕は大好きだ。今宵は、キンモクセイの香りが 薄らと漂っている。深夜の空気は透き通っていて、もう既に冬の到来を感じさせる。月が奇麗な夜だ。 こんな夜はどこまでも歩きたい気分になるものだ。ただ、そんな折角の心地よい気分を全て払拭してしまう 要素が、僕の身体の一部にある。それはズバリ眼鏡である。ここ何年もの間に、数々の修羅場を 乗り越えて来た僕の眼鏡は、既に限界に達している。分かりやすく説明すれば、眼鏡の耳に掛かる竿の 部分が両方とも上下45°の遊びが生まれてしまっていて、竿の幅に関しても顔面以上に広がっていている。 例え、竿と本体の軸の部分にうまくティッシュペーパーやセロテープを詰め込んで調整してみても、 結局は斜めに世間を見ている状態にしかならない。 その証拠に、僕が写っている最近の写真を見ると、 眼鏡の位置が顔面に対して約15°右に下がっている。そんな眼鏡は、歩くたびにガタガタ揺れてしまう。 それが、僕の純朴な気持ちに釘を刺すのだ。 果たして、いつから目が悪くなったのだろうか。あれは確か小学6年生の頃だった。 母親に「あんた!テレビばっかり見てたら、目が悪なるで!」と、口酸っぱく言われ続けていたのだが、 俺はアニメだけじゃなく、ドラマにコメディー、好きなものなら親の目を盗んでまで、テレビに夢中だった。 僕らの世代はテレビっ子と呼ばれた最後の世代にあたる。小学生の僕たちにとって、テレビは文化であり、 宇宙であった。そこには、底知れぬ情報が詰め込まれていて、当時の小学生にとっては大人の世界を知る為の 第一歩であった感もある。 ただ、僕の目が悪くなった原因をテレビのせいにしてしまっては、何だかテレビに 申し訳ない気がする。そこには世間一般で騒がれている遺伝という可能性も存在するからだ。確かに僕の家系は、 ほぼ90%の確率で目が悪い。それを早くから分かっていれば、もっともっと多くテレビを見れたのに。 母親の忠告にも、偉そうに反論できたのに。その証拠に、小学生時代を通して"日陰のモヤシ"と言われ続けていた 色白で不健康そうなフルサワ君は、僕の3倍はテレビを見ていたのに、常に2.0の視力を保っていたじゃないか。 目が悪くなったのはショックだったが、当時の僕は"出目金の西川きよし"より、"奥目の岡八郎"より、 "眼鏡の横山やすし"がカッコいいと思っていたので、それはそれで諦めがついていたはずだった。 小学6年生の冬、駅前の"メガネの愛眼"で眼鏡を作ったまではいいが、いざその眼鏡をどのタイミングで 皆に披露すればいいのかを悩んでいた。毎日登校する度に「今日こそは眼鏡をかけよう、眼鏡をかけよう」 と呪文のように唱えていたのだが、なかなか勇気が出せないでいた。僕の眼鏡はいつまでたっても、学校の 机の中で寂しく眠っていた。 「何で眼鏡の一つもかけられへんのや!」家に帰ってから自問自答を繰り返した夜もあった。 そんな時、僕は事もあろうに肺炎を患ってしまい、2週間程学校を休む事になった。その間、学校の机の中に 置き忘れた眼鏡の事など忘れ、朝から晩まで毎日放送ラジオを聞きながら、ぼんやりと部屋から見える 寂しげな冬の景色を眺めていた。どこからともなく空っ風が吹いて来ては、落ち葉が舞い散っている。 そんな何とも言えぬグレーな景色だった。 ようやく2週間が経ち、辛く寂しい病を克服し、すっかり元気に なった僕は、意気揚々と学校に戻って来た。「おい!ツル、治って良かったな!」等など、クラスメイトは 激励の言葉を投げかけてくれる。皆が笑って僕を迎えてくれている。僕は内心「このクラスで良かった」 と感動していた。そんな感じで、朝のホームルームが始まった。まず、担任の白木先生が開口一番「加藤!立て!」 と言って、僕を立たせた。白木先生は、僕の病気が治った事を丁寧に伝えて、皆に拍手まで要求してくれた。 僕は胸がはちきれんばかりに感動していた。皆の拍手が納まり、席に着こうとする僕を遮って、白木先生は 「加藤!まだ座ったらアカン!」と叫んだ。僕は何が始まるのか分からなかったが、クラスの皆はニヤニヤしている。 「加藤!机の中にあるもんを全て出せ!」先生もニヤニヤしている。机の中からは、ティッシュペーパーと教科書と 何冊かのノート、そして眼鏡が出て来た。 「加藤!それは何や!」 「メ、メ、メガネです!」 「よし!今すぐそのメガネをかけてみろ!」 白木先生は学校でも怖いほうで、僕は何の反論をする事も出来ずに、 恐る恐るメガネをかけた。恥ずかしかった。そんな僕の心を逆撫でするように、先生はまた叫んだ。 「加藤!そのまま回ってみろ!」僕は指示に従って、グルッと回った。 すると、クラス中が大爆笑の渦に巻き込まれた。 当時大好きだったスズキさんまでもがゲラゲラ笑っていた。僕が恥ずかしさのあまりに下を向いていると、 先生は優しく「加藤!横山やすしと仲本工事、どっちが好きや?眼鏡は大切なものやぞ。見えへんより、 見えた方がええんやで。こんなん、恥ずかしくも何ともないわい。」そう言いながら、白木先生は黒ぶちの 老眼鏡を僕の前でピシッとかけてくれた。 あの瞬間は恥ずかしくて、悔しくて仕方なかったけれども、 あれが無ければ永遠に僕の眼鏡は机の中で眠っていたのかも知れない。 あれから32年が経った今、僕は自信を持って眼鏡をかけている。当時は、あんなにカッコ悪いと思っていた眼鏡を。 途中でコンタクトレンズに浮気はしたけれども、今は眼鏡をかけている。横山やすしはとっくに亡くなってしまって、 仲本工事も最近ご無沙汰ではあるが、僕は堂々と眼鏡をかけて歩いている。 今宵は、月がとっても奇麗な夜だ。 僕は立ち止まり、眼鏡を外して、月を眺めてみた。すると月は二重にも三重にもなってボンヤリと僕を照らしている。 夜風に吹かれながら、長い間それを見ていると、ボンヤリした月があの時の白木先生の顔に見えてきた。 キリッと背筋を伸ばし、僕の真ん前で黒ぶちの老眼鏡をかけてくれた白木先生だ。ガリガリで色白ではあるが、 ギョロっとした大きな目と張りのある大きな声で、僕に色々な事を教えてくれた白木先生だ。 ふと我に返り、 再び眼鏡をかけて、月を眺めてみると、月ははっきりとした輪郭を保ちながら、僕を眺めていた。 何でもないいつもの帰り道だが、タイムマシーンに乗って過去にさかのぼったような、そんな晩秋の帰り道だった。 とりあえず、来週の休日に、駅前の「眼鏡のタナカ」で、 新しい眼鏡を買う事に決めた。 |
| (文:加藤鶴一) |
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