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バンド募集

20th本

ウルトラ募集

JUSO PARK
東日本災害復興支援募金箱/
ご協力をお願いいたします!
(ファンダンゴ受付にて)』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#139 100円玉が言いたかった事



ある日、ファンダンゴの受付でこんなふうに問いかけられた。「加藤さん、こんな100円玉見た事 ありますか?」それは僕の記憶の片隅に微かに残っている昔の100円玉だった。「うわっ!昔の100円玉 やん。ちょっと見せて。」今の100円玉は表に桜の柄が描かれているが、昔の100円玉には表に稲穂の柄が 描かれている。僕は仕事も忘れて、その100円玉に見とれていた。何とも言えぬ、この感じ。僕はわざわざ ポケットから現行の100円玉を取り出して、昔のやつと見比べてみた。よく見比べてみると、現行の 100円玉のデザインのように尖った感じはなく、表裏全体的に丸っぽくて優しい感じがする。色自体も 現行のようにギラギラしておらず、ちょっと曇った感じで何とも言えぬ落ち着きが感じられる。更に仕事を 忘れて、本気で観察していると、僕はそこに大きな発見をしてしまった。それは、その100円玉の製造年の ところだった。そこには昭和41年と刻まれてあった。昭和41年とは偶然にも僕の生まれた年である。これは 何かの縁がある。そうとしか感じられなくなってしまった僕は、どうしてもその100円玉が欲しくなった。 次の瞬間、僕は「この100円玉、俺のんと交換して!」と、その100円玉を発見した受付嬢に激しく迫った。 そして、何とかやっとの思いで、僕と同じ時代を同じだけ生きて来たその100円玉を手に入れたのだった。 たかが100円玉ではあるが、僕は一種のお守り的感覚で、それを大切にズボンのポケットにしまった。

そんな浮かれた出来事があった翌日、東日本を大きな地震が襲った。その地震による影響は、誰もの予想を 遥かに上回り、今だにその規模を広げ続けている。どこまで続くのだろうか。いや、これにはゴールなんて ないのだろう。僕ら関西人が17年前に体験したあの阪神淡路大震災でさえ、未だ完全に終わってはいない。 たくさんの人の命が失われ、たくさんの建造物が壊され、たくさんの思い出が一瞬のうちに消えてしまった。 被災された方々の心の中には、そんな無惨な体験が一生付きまとうのではなかろうか。忘れてしまった ようで、心のどこかに必ず残ってしまうはずだ。人間なんて、そんなものなんだと思う。自然はいつも土足で 襲ってくる。まるで人間が創ってきた罪を非難するように。時には怒り、時には無表情で襲ってくる。 それは予言もなく、容赦もない。人間が築いてきた過ちと一緒に、善良な人間をも巻き添えにしてしまう。 ただ今を生きれている僕らは、その自然の脅威に屈してはいけない。それどころか、これを機会に振り出しに 戻らなければならないのだ。

果たして、この先何十年も続いていくであろうこの大災害に対して、僕は何をしていけばいいのだろうか。 そんな事は決まっている。20数年もの間共に生活してきているこのファンダンゴという空間で、音を鳴らし 続ける事だけである。僕にはそれしか出来ないのであり、それが使命である。ここには素晴らしい音楽が あり、素晴らしい人間が集まり、素晴らしい会話が生まれ、素晴らしい事が生まれていくのだ。こういう時 こそ、こういう場所が必要なんじゃないだろうか。こんな大事態に不謹慎だとか、自粛しろだとか、 そんな風潮もたまに聞こえてきたりするが、僕は今までこれで生きてきたのだから、そこは一歩も譲れない。 今巷では、そんな僕の気持ちとは裏腹に、「今回の出演は被災された方々の気持ちを考えて自粛させて いただきます」という姿勢のミュージシャンやライブハウスがあるが、その選択は正しいのだろうか。本当は やりたいのだけれど、正当な理由があって出来ない方々もおられる。その例外を除いて、出来るのにやらない というのは納得がいかない。自分達が普段やっている事にポリシーがないのであれば、今すぐ止めてしまえば いいじゃないか。被災者の方々の気持ちを考えて自粛している暇があれば、被災者の方々の為になる行動や すっかり落ち込んでしまっている世間を奮い立たす為の行動を起こすべきだ。こういう時だからこそ、 僕らの生き方が問われるのだ。こういう時だからこそ、音楽の力が試されるんだ。まだ遅くはない。というか、 まだ始まったばかりだ。今からでも、自分のやれる事を精一杯やればいいだけなのだ。

昨晩の事であった。何か深い縁を感じて手に入れた、あの昭和41年製造の100円玉を、ファンダンゴの トイレに落としてしまった。お金をトイレに落とすなんて、生まれて始めての出来事だった。それも普通の 100円玉ではない。僕と同じ年に生まれて、同じだけ生きてきた、思い入れのある100円玉である。僕は 腕まくりをして、トイレの便器に手を突っ込んだ。最初は、すぐに見つかるだろうと思っていたのだが、 それがなかなか見つからない。奥の方まで手探りで探してみても、全く見当たらない。それどころか、 トイレの奥からは長年積もったであろう汚物のカスがどんどん浮かんでくる。それでも意地になって、 奥へ奥へと手を伸ばして、手探りで探してみるものの、汚物のカスはどんどん浮き上がってくるのに、僕と 同じ44歳の100円玉はどうしても出てこない。どうすれば良いものかと考えぬいた結果、更にもう一回手を 突っ込んで探してみようかと思ったが、その便器一面に浮かんでは沈む汚物のカスを見ているうちに、その 汚物のカスが何だか僕の生きてきた44年間を象徴しているように見えてきた。僕の44年間は真っ白なベンキの 中で、薄茶色の細かいカスになってチリチリバラバラに浮かんでは沈んでいる。この細かいカスの一つ一つが、 僕の44年間の記憶であり思い出なのかも知れない。そこには大切なものも要らないものも一緒に浮かんでいた。 しばらくの間、その光景を眺めていると、ようやくあの100円玉の伝えたかった事が分かった気がして、 トイレタンクのレバーを勢いよくひねった。すると、僕の大切な44年間と化した汚物のカスは、一瞬で便器の奥に 吸い込まれて行ったのだった。僕の人生がリセットされた瞬間である。便器は、さっきまでの出来事がまるで 嘘だったかのように、奇麗に白く輝いていた。それに見とれていると、消えてしまった100円玉が下水道の底から 僕にこう叫んでいるのが聞こえた。『サヨナラ、ここからが君の始まりなのだ!』正に、今ここからが僕の本当の 始まりかも知れない。いや、確かにここからが僕らの始まりなのです。 (文/加藤鶴一)

*ファンダンゴでは、東北地方太平洋沖地震/復興支援イベントを
不定期ですが開催します。詳細は随時お知らせしますので、
チェックしておいて下さい。併せて、店内に募金箱を設置していますので、
いつでもお気軽に参加していただければと思います。
尚、イベントの収益金全額と義援募金全額は、
信頼出来る機関を通して被災地へお送りすると共に
、 ファンダンゴHP上でも詳細をお知らせいたします。
(文:加藤鶴一)

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