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バンド募集

20th本

ウルトラ募集

OSAKA SEKIJYUUJI
皆様から預かった義援金は「Japan Nomi TOmodachi」のメンバーと共に、
日本赤十字社大阪支部まで直接持って行きました。詳細は本ページ最後にて。
引き続き、御協力をお願いいたします!

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#140 さよならスーちゃん



物心ついた頃から音楽が大好きだった。歌を聞くのも、歌うのも、演奏するのも好きだった。幼稚園の音楽の 時間は、大好きだったフジタ先生のオルガンに合わせて、誰にも負けないような大声で歌っていた。幼稚園 からの帰り道でも、毎日毎日友達と一緒に仮面ライダーの歌を大合唱しながら帰っていた。
当時は、 おじいちゃんから「大きくなったら前川清みたいな歌手になれ!」と言われる程の優れた音楽家だった。 幼稚園の年少組の時のお遊戯会では、母親が描いてくれた鰯の絵を帽子に貼り付けて、トライアングルを演奏 させてもらった。僕の初めてのステージである。ただ、頭についている鰯のショボさとトライアングルという 地味な楽器に納得がいかず、大舞台に立っていながらも不満を感じていた。
その反骨精神が功を奏したのか、 年長組の時のお遊戯会では花形である大太鼓を任された。帽子に付ける魚も鰯から鯛に代わった。母親も 嬉しかったのか、昨年のグレーで小さい控えめな鰯ではなく、大きな画用紙に立派で真っ赤な鯛を描いて くれた。小学生に上がっても、その勢いは止まらなかった。
おじいちゃんにはよく「今、習ってる歌を聞かせて くれ!」とリクエストされ、僕は当時一番好きだった「ロケットで行こうよ」という歌を披露したものだ。 ハーモニカも近所の原っぱでよく練習していた。小学3年生になって、ソプラノ笛の授業が始まると、誰よりも 早く課題曲を吹けるようになり、オオナカ先生に褒められたものだ。その頃の僕は、将来必ず前川清みたいな 歌手になれると信じていた。
そんな僕の華やかな音楽人生も楽譜の授業が始まるとともに一気に衰退して いった。ト音記号やヘ音記号、八分音符や四分音符、1オクターブや2オクターブ、
何が何か訳が分からなく なってしまった。
それからというもの、音楽に全く興味がなくなり、歌も歌わなくなったし、
笛も吹かなく なってしまった。

それから一年が経った頃、僕の歌が好きだったおじいちゃんが、僕に「最近、歌ってくれへんやんけ。」 と寂しそうに言った。僕は僕で「そんなん恥ずかしいてよう歌わんわ!」とキツく返してしまった。
それから 数日経って、おじいちゃんが「難波に寿司でも食いに行こか!」と、僕を誘ってくれた。僕は何か買うて もらえるのを期待して、ついて行くことにした。
「この元禄寿司いうんわな、ワシの友達の寿司屋やから、 好きなもん、ぎょうさん食べや。お寿司が回ってて面白いやろ。」
おじいちゃんは少し自慢げに優しく僕にそう 語ってから、日本酒をチビチビやり始めた。そして、その回転寿司屋の店主と話し始めたのだが、どうも会話が ギクシャクして繋がっていない。小学5年の僕にもそれが分かったのだから、よっぽどだったのだろう。結局、 おじいちゃんが目指していた元禄寿司はすぐ隣にあり、その店は全く別の店だったのだ。
おじいちゃんはバツが 悪そうに精算を済ましてから、僕に「レコード屋行こか!何か買うたるわ!」と言った。僕はレコード プレイヤーを持ってなかったので
「レコードなんかいらんわ。」と答えたが、おじいちゃんは「テープやったら 聞けるやろ。」と、僕を説得した。おじいちゃんはもう一度僕に歌を歌ってもらいたかったのだ。
「お前、 今どんな歌が好きやねん?」
「今やったら、キャンディーズが好きや。」
「ほんなら、キャンディーズ 買うたるわ。」
僕は初めて入ったレコード屋でドキドキしていた。おじいちゃんは店員さんにキャンディーズの コーナーまで案内させて、僕に欲しいカセットテープを選ばしてくれた。僕は初めてのレコード屋で右も左も 分からずに、一番安くて、名曲が盛りだくさん収録された「キャンディーズ・スーパーベスト」という カセットテープを選んだ。800円だった。僕も嬉しかったが、おじいちゃんも嬉しそうだった。生まれて初めて 手に入れた音楽ソフトは、ずっしりと重い感じがした。
自分でも興奮しているのが分かった。僕は家に帰って すぐにカセットデッキのプレイボタンを押し込んだ。これこれ!このイントロ!さあ一緒に歌うぞ!しかし、 歌が始まった瞬間、異変に気付いた。あのキャンディーズが英語で歌っているのだ。これは何かの間違いかも 知れない。2曲目3曲目、そして結局最後まで早送りしながら聞いてみたのだが、結局全曲英語だった。
よく聞くと、 歌声もキャンディーズとはどこか違う。よくジャケットを見てみると、「キャンディーズ・スーパー ベスト」の下に小さく「by candystars」と記されてあった。すっかり落ち込んだ僕に追い打ちをかける ように、おじいちゃんは僕に会う度に「キャンディーズ、聞いてるか?」と聞いてきた。
僕はどう説明して いいのか分からないので
「うん!やっぱりキャンディーズの歌はええで!」と答えるしか出来なかった。

あれから34年が経った先日、そのキャンディーズの田中好子さんことスーちゃんが亡くなった。スーちゃんの 葬儀告別式の時間、僕はある食堂でラーメンをすすっていた。食堂は昼飯時で数人の人間が、備え付けの テレビを見ながら、飯を食っていた。テレビからは、スーちゃんの告別式の模様が映しだされている。
さすがは 昭和歌謡界のアイドルである。みんながみんな、そのテレビに釘付けになっていた。僕もその一人である。 告別式の最後に、スーちゃんが亡くなる直前に録音したという肉声のメッセージが流された。その瞬間、 食堂にいた全ての人間が食べる手を止めて、テレビに耳を傾けていた。途切れ途切れにボソボソと語りかける スーちゃんのメッセージは、自分の事よりも他人の事を思いやる非常に暖かいものであり、聞いている途中で 自然に涙がこぼれてきた。
僕は泣いているのがバレないように、必要以上にラーメンに胡椒をふって、 ごまかそうとしてみたが、辺りを見渡すと全員が涙ぐんでいるので安心して涙を拭いた。食堂のおばちゃん なんかは、厨房の中で号泣していた。
その食堂の光景に、僕は何だか清々しい気分になって、外に出たの だった。
そして、ゆっくり歩きながら、キャンディーズが好きで良かったと思った。
そして、音楽が好きで 良かったと思った。

スーちゃんも最後のメッセージの冒頭で触れていましたが、被災された皆様の力になれればと思い、 ファンダンゴでは定期的にチャリティーイベントを開催しております。それと併せて、場内に募金箱を設置して おりますので、お気軽に御参加御協力していただければと思います。次回のチャリティーイベントは5/9(月)です。
詳細は、PICK UPのページにて。(文/加藤鶴一)


*東日本大震災義援金に関して*
4/20(水)に義援金として ¥ 80,649を日本赤十字社大阪支部に寄付いたしました。
内訳:4/18(月)チャリティーイベント入場料(¥ 45,000)
   ファンダンゴ内常設募金箱(¥ 35,649)
(文:加藤鶴一)

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