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玉手橋 滑り台
『当時の玉手山遊園地は僕ら南大阪の子供にとって、
憧れのパラダイスでした。当時は全く知らなかった事ですが、
玉手山遊園地が西日本最古の遊園地 であった事、玉手山遊園地の
すべり台が日本で一番長かった事、玉手橋が吊り橋として
日本で初めての登録有形文化財である事を、
僕はこの度初めて知 りました。現在は玉手山公園として、
当時の面影を残しつつ、無料で開放しているみたいなので、
一度遊びに行ってみてはどうでしょうか。
(写真は、 玉手橋と滑り台)』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#182 玉手山遊園地の思い出



親戚の直ちゃんとは同い年であり、生まれた時から家も近所だったので、物心ついた頃から いつも一緒に遊んでいた。お互い両親が忙しかったので、赤ちゃんの頃からお互いの家で 預かってもらったりしていて、まるで本当の兄弟みたいに仲が良かった。
幼稚園に通う頃になると、僕と直ちゃんに牛乳屋の政ちゃんが加わって、3人が中心の 遊びグループを作って、毎日毎日朝から晩まで、近所の田んぼや畑を走り回っていた。 銀玉鉄砲にベッタン、竹とんぼや手裏剣、むしろそんなものが無くても、遊び道具は その辺に山ほど転がっていたので、僕らには遊ぶ為の時間がいつも足りなかった。 そのうち小学校に上がっても、僕らの関係は続いていたが、小学2年生の時に政ちゃんが 引っ越す事になり、そのお別れ会という感じで、僕ら3人の家族が集まって、 当時は子供の憧れだった玉手山遊園地に遊びに行く事になった。大きな山を切り開いて 作った遊園地には、至る所に興味を引くようなアトラクションがあり、子供だった 僕らにとっては信じられないぐらいに楽しい場所だった。
動物園に昆虫館、観覧車にメリーゴーランド、それ以外にも町の公園では見かけない ような遊具が遊園地のあちこちにたくさん散らばっていて、僕は天国ってこんな所 なんだろうなあと思ったのを覚えている。その数あるアトラクションの中でも 僕ら3人が一番ハマったのが、すべり台だった。すべり台と言っても、その辺の 公園にあるすべり台ではない。長さが100メートル以上あるであろうすべり台で、 山のてっぺんから下まで一気に森の中を滑り降りる感じの凄いやつである。 僕らは途中から他のアトラクションなどそっちのけで、陽が暮れるまで何度も何度も 狂ったようにそのすべり台で遊んだ。

政ちゃんが引越して行ってからも、僕と直ちゃんはずっと仲が良かったのだが、
小学校も高学年になると直ちゃんは不良仲間と遊ぶようになって、いつの間にか僕との 距離が広がっていた。そんな頃、僕は小学校の卒業を待たずに、引越する事になった。 親から引越する事を告げられた時、生まれ育ったこの町でのたくさんの思い出や一緒に 遊んだ友達の顔が次々に浮かんできて、急に涙が出てきた。涙は止めようと思っても、 止まるどころか、次から次へと僕の頬を流れた。こんな経験は初めてだったので、 僕は何が何だか分からなくなってしまって、気がついたら家を飛び出して、全速力で 町中を走っていた。そして、いつの間にか直ちゃんの家の前に立っていた。 僕は涙を拭いてから、玄関の前に立って、大きな声で直ちゃんを呼んだ。直ちゃんは すぐに出て来てくれた。
「久しぶりやなあ。どないしたん?」
「ちょっと話があるねん。」
僕らはいつも遊んでいた児童公園のジャングルジムに腰掛けて話した。 すっかり陽が暮れていて、公園には誰もいなかった。
「俺、引っ越す事になってん。」
「えっ!いつ?」
「来月の頭。」
「もう、すぐやん!何で?」
「分からへん。」
真っ暗な公園で、僕らはどのくらいの時間喋ったのだろうか。僕の引越の事、お互いの近況、 数々の思い出話。話は尽きる事がなかったが、そろそろ帰ろうという事になって、 児童公園から直ちゃんの家へと続く坂道を下っている途中に、直ちゃんが言った。
「2年の時、玉手山遊園地行ったん覚えてるか?」
「覚えてるで!あのすべり台、ほんまに面白かったなあ。また、すべりたいなあ。」
「政ちゃんも一緒やったなあ。」
「そうや、あれ、政ちゃんが引越する前に行ったんや。あれから、玉手山行ったん?」
「俺もあれっきり行ってないねん。」
「懐かしいなあ。」
「鶴ちゃん、来週の日曜日、二人で玉手山遊園地行けへんか?」

次の日曜日、僕と直ちゃんは早起きして、玉手山遊園地へ向かった。本来なら、 バスで駅まで行って、それから電車に乗って、最寄りの駅まで行くのだが、 交通費にお金を使うぐらいなら、お菓子やジュースに使おうという事になり、 結局歩いて行く事になった。直ちゃんと歩きながら僕は、もうすぐお別れしなければ ならない生まれ育った町の風景の一つ一つを噛み締めていた。
ずっと好きだった竹本さんの長屋、牛乳屋の政ちゃんが住んでた家、お地蔵さん、 ドブ川、バス通り、春になったらツクシを取った病院の丘、そろばん教室、 大きな坂の途中にある僕らが通っていた幼稚園。小さな町だったが、思い出は 数えきれない程あった。そのうち僕らの町を通り過ぎて、僕らは国道沿いを 標識だけを頼りに歩き続けた。たわいもない話ではあったが、その間も僕と 直ちゃんの会話は途切れる事はなかった。3時間程歩いただろうか。 ようやく、石川という川を跨いで、玉手山遊園地へと続く大きな吊り橋が見えた。 僕らは抱き合って喜んでから、橋の手前のお菓子屋でパンとプロ野球スナックと コーラを買ってから、玉手橋を渡った。玉手山遊園地はたくさんの人で賑わっていた。 僕らはとりあえず園内を軽く一周してから、あの思い出のすべり台に向かった。 すべり台はやっぱり人気で、子供達が列を作って並んでいた。 僕らは恥ずかしげもなく、その最後尾に並んで、自分の順番を待った。 順番はすぐにやって来て、僕はすべり台の上から下を見下ろしてみた。 自分が大きくなったせいか、前に来たときの印象よりも、高さは低く、長さは短く感じたが、 いざ滑ってみると、その迫力と爽快感はタダモノではなく、僕らは昔と同じように 何度も何度もすべり台を滑った。結局僕らは時間の事など忘れて、閉演時間まで ずっとすべり台で遊んだのだった。気がつくと、もう夕暮れで、晩ご飯の時間までに 家に到着するには、大急ぎで帰らなければならなかった。 でも、引越前に直ちゃんとゆっくり遊ぶのがこれで最後だと思えば、 もうそんな事は僕にとってどうでもよかった。

遊園地を後にして、玉手橋を渡る手前で、直ちゃんが最後のお金でジュースを 買おうと言い出した。僕らは帰り道でジュースを買う為に、100円玉を一枚づつ ポケットに残していたのだった。帰り道が長いので、もうちょっと歩いてからの方が いいかなあとも思ったが、僕も喉が凄く渇いていたので、ここで買う事にした。 まず直ちゃんが自動販売機に100円を入れて、オレンジスカッシュを買った。 そして、次に僕が自動販売機に100円を入れてコーラのボタンを押そうとした その瞬間、直ちゃんは僕を思いっきり突き飛ばして、ミルクセーキのボタンを 押したのだった。ミルクセーキなんて、その時初めて知った飲み物で、 尚かつホットだったので、僕はムチャクチャ腹が立って、こんどは直ちゃんを突き飛ばした。
「何すんねん!」
「直ちゃんが変なジュースのボタン押すからやろうが!」
僕らは掴み合いの喧嘩になった。
「お前のジュースと代えろ!」
「いやじゃ!」
「代えへんかったら絶交やぞ!」
「おう!絶交したるわ!鶴ちゃんなんか、早よお引っ越しせえ!」
それから僕は、陽が暮れて真っ暗になった国道を一人トボトボと歩いて帰った。
その孤独な帰り道の途中、まだミックスジュースの件で腹が立っていたが、 あまりにも喉が渇いていたので、僕は仕方なしにミルクセーキの缶を開けて、 恐る恐る一口飲んでみた。それがあまりにも美味しかったので、 こんな美味しい飲み物が世の中にあったのかとビックリしたと同時に、 僕は直ちゃんに悪い事をしたなあと思った。
でも、それ以来、直ちゃんに会う事はなかった。 僕の引越の日、トラックに荷物を積み終えて、もう出発だという時に、 直ちゃんはガランとした僕の家まで来てくれた。僕が照れくさくしていると、 直ちゃんも照れくさそうにして、僕に言った。
「鶴ちゃん、玉手山の時はごめんな。また遊びに来てや。」
僕はニヤッと笑って答えた。「ミルクセーキって、あんなに美味しかってんな。」
(文:加藤鶴一)


*東日本大震災義援金に関して*
9/23@難波ハッチ『PROUD GROOVE OSAKA 2014〜浪速の誇りを東北に〜』
イベント内での東日本大震災募金箱及び寄付金に関しての報告になります。
その日預かった義援金を、ファンダンゴ物資直送チームが10/22〜10/23の
2日間の間で直接東北沿岸部の保育園と中学校へお金を必要な物資 に替えて
届けて来ました。以下、詳細を報告させて頂きます。
募金をして頂いた方や復興ミサンガを購入してくれた方、
ご協力、本当にありがとうございました!

今後ともFANDANGOでは引き続きバーカウンターにて
東日本大震災復興支援募金箱を設置してますので、
無理の無い範囲でご協力の程、宜しくお願い致します!!

A)■募金額合計■
80,500円
(『PROUD GROOVE OSAKA 2014』イベント内募金箱+
大船渡復興支援“夢ミサンガ”売り上げ)

B)■物資購入費用合計■
71,486円

■残金■
A) - B)=計9,014円

以下が各地での物資の内訳になります。

【宮城県気仙沼・双葉保育園】
児童用教育書×4冊
園外用イルミネーションPOP×20
発表会用ハロウィン衣装×20set
計31,486円

【岩手県大船渡市・大船渡中学校】
軟式テニス試合球×7ダース
計40,000円

※残金に関しましては従来通り、東日本大震災復興支援募金箱と
合算して次回の東北沿岸部の支援物資費用購入費用に
責任を持って使わせて頂きます。



*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
10/1(水)にションベン横丁の中筋が見事に開通しました。
火災現場である中筋の線路側は更地のままですが、
176号線側はポツポツと店舗が復 活しております。
現在の細かい状況に関しては、以下のリンクにて確認下さい。
ファンダンゴでは、引き続き復興支援Tシャツの販売と並行して、
募金と署名も集めておりますので、引き続きの御協力を
宜しくお願いいたします!!


『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

『ションベン横丁復活支援Tシャツに関して』






『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』

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