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『自宅から徒歩5分の所にある「堺新温泉」。
いわゆる僕のホームグラウンド的銭湯だ。
僕の知る限りでは、ここの水風呂の広さは堺で一番である。
スチームサウナも露天風呂もあり、 割とゆっくり楽しめる。
10年以上前の話だが、ここの露天風呂でウンコを踏んだ事がある。
何故、あんな所に見事な一本糞が落ちていたのかは、
今だに分からないでいる。
あの時の足の裏の何とも言えない感触は死ぬまで忘れないだろう。
もう、かれこれ20年の付き合いになる。』』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#189 銭湯へ行こう



僕の家には物心ついた時から風呂があったので、銭湯通いはしてなかったものの、 母方の親類のほとんどが銭湯を営んでいた事もあって、僕にとって銭湯は 子供の頃から身近な存在だった。僕が小学校に入る前に移り住んだ泉北ニュータウンには、 銭湯なんてものはほとんど無かったので、親戚の家に遊びに行った時なんかは、 その普段接する事の無い銭湯というものが面白すぎて、いつも帰りたくなくなったのを 覚えている。そんな親戚の中でも、頻繁に遊びに行ったのが、 門真のおばちゃんの家だった。門真のおばちゃんとは、母の一番上の姉さんの事で、 おっちゃんもいたのだが、何故か僕らは門真のおばちゃんの家と呼んでいた。 おばちゃん夫婦には、僕より一つ上と3つ上と6つ上の3人の男兄弟がおり、 どの兄ちゃんも僕の事を本当の弟のように可愛がってくれていた。 それが、僕を門真まで頻繁に遊びに行かせた理由なのだろうと思う。 小学校も中学年になった頃からは、夏休みになると門真に行くのが 恒例行事のようになっていて、遊びに行けばそのまま平気で1週間は滞在していた。

滞在期間中に兄ちゃん達と色んな所に遊びに行くのも楽しかったが、 銭湯の仕事を手伝わせてもらうのも楽しみの一つだった。銭湯の仕事は大変なので、 おっちゃんとおばちゃん2人だけでこなせる訳も無く、必然的に兄ちゃん達が 交代で手伝わなければならなかったのだった。僕も兄ちゃんに付いて、薪を割ったり、 ボイラーに薪を入れたり、番台に座ったり、脱衣所の掃除をしたりした。 兄ちゃん達はいつも嫌々手伝っていたが、僕は兄ちゃんが汗だくになって薪を割ったり、 ボイラー室で仕事をしてる姿がカッコいいと思っていた。 手伝いが全部終わったら、風呂に入れるのだが、家にある小さい風呂とは違って、 大きな風呂は何か自分が大人になった気分がして、何回入っても気持ち良かった。 と言っても、僕らはほとんど水風呂で遊んでいるだけだったのだが。
そんな門真の思い出だが、僕にとって何よりも嬉しかったのが、 脱衣場にある冷蔵ケースの中のジュースを何でも自由に飲める事で、 次に嬉しかったのが、番台に座らせてもらえる事だった。番台は子供心にも 凄く崇高なイメージがあり、例え営業時間外でもあそこに座ると、 何か偉くなった気分になった。門真のおばちゃんの家の銭湯は名前が変わっていて、 民謡温泉という屋号だった。僕は子供ながらに、その名前が不思議で仕方なかったので、 母親に質問した事があった。 母親はその僕の質問に「あれは、おっちゃんが民謡好きやからや。」と サラッと答えたのを覚えている。そういえば、おっちゃんは番台に座りながら、 ずっと変な歌を歌っていた。あの変な歌が母方の出身地である石川県の民謡だと 知ったのはそれからずいぶんと後の事である。

門真に毎年のように通ったのは、中学校に入ったぐらいまでで、それからは 他に面白い事が出来たからだと思うが、あまり親戚とも会わなくなった。 その上、銭湯が近所に無かった事もあってか、いつのまにか銭湯はどうでも いいものになってしまっていた。しかし、20歳になった頃に僕は実家を出て、 住吉区の長居に引越したのだが、引っ越したアパートが風呂無しだったのである。 本当は風呂付きが良かったが、経済的な理由で仕方なくそうなったのだ。 やっぱりニュータウンとは違って、長居には近所に何軒も銭湯があった。 あの頃は、自転車で5分圏内に10軒ほどあったと思う。お金が続かないので、 毎日は行けなかったが、やっぱり銭湯には家風呂とは違った魅力があった。 広い脱衣所に浴場。高い天井。大浴槽にジェット湯。電気風呂に寝湯。 サウナにジェットサウナ。そして、水風呂。そして何よりも、銭湯に行けば、 気持ちが大らかになるような感じがした。考えようによれば、銭湯は一種の テーマパークみたいなもので、大人から子供まで誰もが楽しめる施設なのである。
とりあえず、僕は長居周辺の全ての銭湯に行ってみて、各店舗の営業時間や 特徴を頭に入れた。そして、時間のある時はこの銭湯、サウナに入りたい時は この銭湯、疲れてる時にはこの銭湯という具合に、頭に叩き込んだ資料を元にして、 銭湯を決めるのだった。先に書いた理由で、銭湯に行けるのは多くて週2回だったので、 僕は1回1回の入浴を精一杯楽しんだ。

長居には6年ぐらい住んだのだろうか。それから僕は、今も住んでいる堺に引っ越した。 もちろん風呂付きである。風呂付きに住んでしまったら、もう銭湯には 行かなくなるかもと思っていたが、そんな事はなかった。僕の身体はいつの間にか、 銭湯無しでは生きていけない身体に改造されてしまっていたのだった。 その証拠に、堺に移り住んでから20年になるが、週1回の銭湯通いを欠かした事が無い。 家でも風呂に入るが、家ではカラスの行水みたいなもので、10分もあれば事足りてしまう。 だから、毎週の銭湯が楽しみでならない。僕の休日は銭湯の為にあると言っても 過言ではない。堺周辺の銭湯はほとんど行った。車には乗らないので、 いつも自転車で銭湯に行く。持ち物はタオル1枚と歯ブラシ1本だけ。 近い銭湯は歩いて5分、遠くになると往復で40キロほど自転車で走る事もある。
よく嫁さんには「家に風呂あるのに、アホちゃうか。」と言われるが、 アホでもいいから銭湯に行きたいのである。あの開放感に、あの爽快感に、 あのゆっくり流れる時間に、僕はいつでも浸りたいのである。 ちなみにスーパー銭湯も好きである。町の銭湯にはないポップ感とギラギラした感じも悪くない。 僕にとってのスーパー銭湯での楽しみは、サウナがメインになる。 やっぱりスーパー銭湯はスーパーという冠が付いてるだけあって、町の銭湯に比べると、 何でもスーパーである。露天風呂一つを取っても、風呂の種類や数を 取ってもそうである。ただその中でも、僕が特にスーパーだと思うのは、 巨大なサウナルームと巨大で冷たい水風呂である。町の銭湯のサウナもいいが、 やっぱり何でも大きいと気持ちがいいもので、スーパー銭湯に通えば通う程、 サウナが好きになっていってしまった。 今となっては、サウナは僕のライフスタイルの一つになってしまっている。 サウナーという言葉をご存知でしょうか?サウナーとは、サウナが好きな人の名称である。
先日、僕を含めたサウナー5人で、梅田の大東洋に行ってきた。 1人で行く風呂もいいが、大勢で行く風呂もいいものである。 今の僕は、町の銭湯、スーパー銭湯、サウナがメインの大東洋みたいなとこ、 の大きく分けて3つのジャンルの銭湯を、その時の気分に任せて楽しんでいる。 僕にとって、町の銭湯はゆっくりとした時間の流れを楽しみ所であり、 スーパー銭湯はゆっくりした時間を楽しみながらも自分と戦う所であり、 サウナに至っては自分と戦った上でどれだけの快感が味わえるかを楽しむ所である。

もう7、8年前の話になるが、久しぶりに銭湯を継いだ門真の兄ちゃんから連絡があった。
「鶴一、天満にええ店あるから飲めへんか?」
「ええけど、どないしたん?」
「久しぶりに会いたなっただけやがな。」
そんな流れで、僕らは天満で会う事になった。 当日、僕と兄ちゃんは久しぶりの再会で、思い出話に花が咲きまくり、 2人ともいい感じで酔っぱらってしまっていた。そろそろ終電の時間が近づいてきた頃に、 「言うとかなアカン事があるんや。」と兄ちゃんが言った。 「何?」
「実は銭湯を廃業しようと思てるねん。」
「なんで?」
「お客さんが減る一方で、労力と収入が伴わんようになったんが、一番の理由やな。 それに、親父もおふくろも歳やしな。」
「銭湯、気持ちええのになあ。寂しがる人も多いんちゃうん?」
「俺も風呂好きやから、ほんまは辞めたくないんやけどな。でも限界やわ。」
その会話の後、僕はもっと飲みたくなって、兄ちゃんを強引に誘った。 それから僕らは時間の事も忘れて、民謡温泉の思い出を語り合った。 空が明るくなった頃に兄ちゃんは、開店準備があるからと言って、 門真に帰って行ったのだった。この時代、銭湯の経営は本当に大変だと聞く。 長居時代に近所に10軒あった銭湯がもう2軒しか残ってないし、 今の家の近所の銭湯も知ってる限りでも3軒は廃業している。 皆さん、騙されたと思って、近所の銭湯へ行ってみて下さい。 何か新しい出会いがあなたを待っているはずです。では、銭湯で会いましょう!
(文:加藤鶴一)


※常設している東日本大震災復興募金箱寄付金に関して※
ファンダンゴ物資直送チームが2015.0519〜05/20の2日間の間で、
直接東北沿岸部の保育園と中学校へお金を必要な物資に替えて
届けて来ました。以下、詳細を報告させて頂きます。

募金をして頂いた皆様や活動に協力してくれた多数のアーティストの皆様、
本当にありがとうございました!
今後ともFANDANGOでは引き続きバーカウンターにて
東日本大震災復興支援募金箱を設置してますので、
出来る範囲でのご協力の程、宜しくお願い致します!!

A)■募金額合計■
¥ 49,879
(ファンダンゴ常設募金箱+MEANINGから預かった東北復興募金
+なかおか珈琲難波店・東日本大震災復興募金)

B)■物資購入費用合計■
¥ 48,344

■残金■
A) - B)= ¥ 1,535
※残金に関しましては従来通り、東日本大震災復興支援募金箱と
合算して次回(7月頃予定)の東北沿岸部の支援物資購入費用に
責任を持って使わせて 頂きます。

□□各地での物資の内訳□□

【宮城県気仙沼・双葉保育園】
バランスホッピング×6本
アクリルガッシュ12色セット×1箱
外遊び用シャボンガン×25個
電動ポンプ×2台
ポンプ用アルカリ乾電池単一6P×2セット

計 ¥ 32,144

【岩手県大船渡市・大船渡中学校】
卓球部用トレーニングボールセット×10ダース

計 ¥ 16,200


*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
ションベン横丁の復興状況に関しては、以下のリンクにて確認下さい。
ファンダンゴでは、引き続き復興支援Tシャツの販売と並行して、
募金と署名 も集めておりますので、
引き続きの御協力を宜しくお願いいたします!!




『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

『ションベン横丁復活支援Tシャツに関して』






『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』

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