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touring
『今年の夏は高校時代より遊んでる気がする。
先日、僕が所属するツーリングチーム
「レッツビギン・ツーリスモ」の先鋭10名程でキャンプに行ってきた。
僕の愛車リトルカブがツーリングの途中で故障したけれど、
チームメイトの全面的な協力のお陰で事なきを得ました。
僕は僕の為に動き回ってくれているチームメイトの姿を見ていた時
中学2年の林間学校の時に真っ赤に燃える
キャンプファイヤーの火の下で担任の先生が
熱く語っていた言葉を思い出した。
「持つべきものは友達やからな!忘れるなよ!」
僕の熱い夏はまだまだ続きそうです。』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#203 灼熱地獄にて



夏って、こんなに暑かったっけ?この時期になると、毎年こんな事を考えながら、 炎天下の中を歩いているような気がする。この世に生を受けてから50回目の夏だというのに、 毎年同じ事を思ってしまう自分は本当に進歩のない人間だなあと思ったりもする。 僕は通勤時だけ、JR福島駅からファンダンゴまで歩いて来るようにしている。 これはたった150円の電車賃を浮かすという目的もあるが、もちろん健康の為という目的も兼ね備えている。 いわゆる、一石二鳥なのである。JR福島駅から十三までは距離にして約3キロである。 その程度の距離だから、歩いても全然苦にならないのだが、夏場だけは心が折れそうになる。
ビル街は比較的日陰が多いので、暑さも凌げるのだが、問題は淀川に跨がる新十三大橋である。 新十三大橋のすぐ東隣に架かっている十三大橋は一日中歩行者や自転車でごった返しているのに対して、 1966年に完成したという僕と同い年でもあるこの新十三大橋は車こそ走っているものの、 何故かほとんど人が通らない。人だけではない。自転車も犬も通らない。 言うてみれば、僕の借りきり状態である。だから僕は好んでこの橋を渡る事にしている。 秋から春にかけては、むしろ街中より橋の上を歩いている方が気持ちいい。 誰も歩いてないし、季節の移り変わりを感じれるし、飛行機がすぐ横を飛んでいるし、 海の匂いがするし、風が気持ちいいし、少年野球の試合が見れるし、 どこをとっても非の打ちようがない。だが、一転して夏場は地獄に様変わりする。灼熱地獄である。

つい先ほども、JR福島駅からファンダンゴまで歩いて来たところである。 JR福島駅から新十三大橋までは2キロないぐらいだろうか。まだ街中は日陰があるので、 早歩きしても、そんなに汗は出ないし、夏を感じながらどこまでも歩けそうな気さえするのだが、 新十三大橋に差し掛かった瞬間から何故か気分が滅入るのである。 たかが800メートルしかないので、早歩きしたら10分もかからずに渡りきれる橋なのに、 すぐ対岸の十三が遥か彼方のように感じてしまう。その原因は橋の上の異常な暑さによるものである。
今日も橋を歩き出した瞬間に、頭から、胸から、背中から、足から、汗が噴き出し始めた。 陰一つない新十三大橋にただ唯一あるものは、真上でギラギラと照りつける太陽だけである。 この橋を利用する者がほとんどいないのをいい事に、僕はTシャツを胸までまくり上げて 歩くようにしている。昨年までは、Tシャツを脱いで歩く事も多々あったが、 ファンダンゴの関係者数人にその姿を目撃されたみたいで、その事が原因となって変な噂が立った時期があった。 そんな事もあって、今はいつでもTシャツを定位置に降ろせるように、 胸までのまくり上げまでで我慢している。それでも、普通にTシャツを着ているよりは、よっぽどましである 。たまに風が体を冷やしてくれはするものの、そんなものは子供騙しの気休め程度である。 僕の真横を飛行機が涼しそうに飛んでいる。ウミネコが気持ち良さそうに飛んでいる。 水辺では河口に向かってモーターボートが走っている。僕はと言えば、全身から汗を垂れ流しながら、 十三を目指してフラフラしながら歩いている。ボトボトと流れ落ちる汗を拭う為に立ち止まって、 手ぬぐいを顔に持っていった瞬間に、眼鏡が地面に勢いよく落ちた。 淀川に落ちなかっただけラッキーだったけど、ちょっと情けない気持ちになった事は確かである。 顔、首筋、胸、背中、足という順番で汗を拭ってはみるものの、 またすぐに全身汗まみれになってしまう。
そんなこんなで、ようやく橋を渡りきった頃には、 Tシャツもズボンもビショビショになっている。手ぬぐいを絞ると、 ビックリするぐらいの汗が地面に落ちる。そんな思いまでして、ファンダンゴに 到着したはいいが、ビショビショになったTシャツを着たままクーラーの効いた部屋にいると、 次は寒さで凍えてくる。だから、最近は着替えを持って来ているが、 何ならズボンやパンツの替えも欲しいぐらいだ。そこまでで済めばまだいいが 、いつもファンダンゴに辿り着いてから60分ぐらいは頭がボーとして、 仕事が手につかないのである。たかが150円を浮かす為に、 僕は何で歩かなければならないのだろうか。健康の為とも思っていたが、 これじゃあ逆に体に悪いわ。悪循環とはこの事である。 明日から涼しくなるまでの間、歩くのを止める事に今決めた。

1985年の夏は暑かった。18歳になってすぐに自動車免許を取得した僕は、 車を使って出来る仕事をしたかった事もあって、M百貨店のお中元を配達する アルバイトに応募していた。普段やっていた売り子等のアルバイトが時給500円の時代に、 配達の仕事は日給の最低保証が5600円だった。 更に、荷物71個目の配達からは、一つにつき80円加算されるシステムだったので、 その待遇の良さにも魅かれて、そのアルバイト募集に応募したのだった。 期間は6月20日から8月10日までの50日間。 もし、1日100個の荷物を配達したとしたら、50日間で40万円になる計算だ。 僕はまだ面接もしてもらってないのに、既に金持ちになった気分がしていた。 6月に入ってすぐの蒸し暑い雨の日に、僕は家から車を飛ばして30分程の所にある M百貨店の配達所で面接を受けた。 「車の免許取って、どのぐらいになりまんの?」伸びたパンチパーマを 扇風機の風になびかせながら、所長が僕に聞く。 「はい、4月に免許を取ったところなんで、まだ2ヶ月です。」
「運転には自信ありまんのか?」
「はい、頑張るつもりです!」
僕は扇風機の風でなびいている所長のだらしないパンチパーマを見ながら答えた。
「ホンマに大変な仕事やけど、体力には自信ありまっか?」
「はい、体力だけは誰にも負けないつもりです!」
「分かりました。ほんなら、6月20日から来てくれまっか?」
「宜しくお願いします!」
そんな感じで、いとも簡単に僕の夏の高給アルバイトが決まった。 それですぐに帰れるかと思ったのが束の間、そこから所長は長々と 配達の仕事の厳しさを熱く語りだした。語りだしたは良いのだが、 所長のズボンのチャックが全開に開いてるのに気付いた僕は、 所長の熱い話どころではなくなって、所長のパックリ開いたズボンのチャックと 揺れ続けるだらしないパンチパーマしか見えなくなってしまったのだった。
その当時の所長の年齢は、恐らく今の僕の年齢ぐらいであろう。

アルバイト初日に出勤すると、所長から1台の軽トラを渡された。
「今日から50日間、これがアンタの相棒やさかい、大切に乗ったってや。」
所長は夏の風に伸びきったパンチパーマをなびかせながら、清々しい感じで僕に言った。 ズボンのチャックはちゃんと閉まっていた。初日は、色々教えてもらう事もあって、 所長と一緒にたった20個の荷物を載せて、配達所を出発した。 発車してしばらくしてから、一つ疑問に思った事があったので、所長に質問した。
「所長さん、この車のクーラーのスイッチっはどこにあるんですか?」
所長は当たり前のように答えた。「クーラーなんて、そんなもん付いてまへんで。」
僕は一瞬ビックリしたが、その時は配達の仕事ってそんなもんなんかと思った。 ちょっとは暑かったものの、まだまだ真夏にはほど遠い6月20日の事だった。 それからの50日間僕は本当の地獄を経験する事になるのだが、 これを説明するには時間がかかり過ぎるので、次号に持ち越す事にします。
1985年の夏は、僕にとって暑いというよりも、 僕の人生にとって熱い夏だったのかも知れない。

(文:加藤鶴一)







*熊本地震復興支援に関して*
ファンダンゴ物資直送チームが
2016.04/28~04/29の2日間の間で
直接熊本へ現地入りし、
募金を必要な物資に替えて届けて来ました。
以下、詳細を報告させて頂きます。

募金をして頂いた皆様や活動に協力してくれた
多数のアーティストの皆様、本当にありがとうございました!
FANDANGOでは引き続き募金箱を設置してますので、
出来る範囲でのご協力の程、宜しくお願い致します!!

A)■募金額合計■
¥ 213,578

B)■物資購入&物資送料合計■
¥ 192,373

■残金■
A) - B)= ¥ 21,198
※残金に関しましては従来通り、
熊本復興支援募金箱と合算して
次回の支援物資購入費用に
責任を持って使わせて頂きます。

□□各地での物資の内訳□□

【熊本市「大同青果センター」】
レトルトカレー×35箱
混合レトルト箱Lサイズ×10箱
菓子パン 420食
トイレットペーパー×6箱
ティッシュペーパー12P×9箱
ブルーシート(3.6m×5.4m)×180枚
毛布42枚
サバ味噌煮缶詰24個入り×74箱
もずくスープ5食入り12ケース×40箱
タマゴ粥32食×2箱
PPロープ(5m×100m)×60本×2箱
ウェットティッシュ36P×4箱

購入費合計 ¥ 35,311

【熊本市火の君文化センター】
いちご×5箱
でこぽん×5箱
ネープル×3箱

購入費合計 ¥ 21,652

【FANDANGO 受け取り分 熊本NBC作戦物資】
120cmサイズ×11箱
140cmサイズ×150箱
(飲料水・レトルト食品・除菌ティッシュ等)

送料合計 ¥ 135,410


※常設している東日本大震災復興募金箱寄付金に関して※
FANDANGOでは引き続き受付とバーカウンターにて、
東日本大震災復興支援募金箱を設置してますので、
無理の無い範囲でご協力の程、宜しくお願い致します!!




『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』







*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
大火災から約2年、2/22(月)から新店舗建設工事がスタートしました。
年内には新しいしょんべん横丁が誕生する予定です。
ファンダンゴでは、引き続き復興支援Tシャツの販売を
しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
引き続き、宜しくお願い致します。
詳細は以下リンクから。

『十三駅前ションベン横丁復興支援Tシャツ販売中!!』
『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

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