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バンド募集

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『小学6年生の時に「弥次さん喜多さん珍道中」という本を読んでから、
僕は江戸時代以降の日本の歴史や文化に興味を持つようになってしまった。
そんな僕の事を分かってくれる人なんて、ほとんどいなかったが、
ある日彼と出会ってしまった。
彼の名前はコウドタクヤ。日本一ハッピーなバンド「Bacon」のリーダーである。
旧街道の話、廃線跡の話、遊郭の話、戦時中の話等、彼と話し出すと、話は尽きる事がない。
話すだけでは物足りなくなった僕らは、たまに古地図を片手に街を歩いている。
僕らは街を歩きながら、現代人が忘れかけている大切な日本の歴史や文化を探し出しては、
当時の空気を想像して楽しんでいるのだ。
(写真は、僕とコウドタクヤ氏/阪堺電車・恵比須町駅裏にて)』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#206 弥次さん喜多さん珍道中



小学6年生の冬、卒業を目の前にして、僕は肺炎を患ってしまった。ただ風邪が長引いてるだけだと思い込んで、 家の近所の八木小児科で診察してもらったまでは良かったが、診察後に八木先生はちょっと深刻な顔で僕に言った。 「お母さんが迎えに来るから、漫画読んで待っとき。」僕は、あの甘いオレンジ色の飲み薬のお釣りをくすねて、 向山食品店で駄菓子を買おうと思っていたので、母親が迎えに来る事によって、その夢がおじゃんになって しまう事を残念に思いながら、待合室で少年ジャンプを読んでいた。ジャンプを半分読み終わった頃、 母親がバタバタと小児科に入って来て、先生はどこやと僕に聞く。
僕が診察室の方を見ると、 母親はすぐに診察室のドアを開けた。10分程して、診察室から出て来た母親は精算を済ましてから、 僕を睨みつけて言った。
「あんた、肺炎やで!明日から学校行かれへんで。」肺炎という言葉は別にどうでも良かったが、 学校に行かれへんという言葉の方に底知れぬ喜びを感じた僕は、一気に気持ちが高揚してしまい、 母親に「高倉パーラーでヤキソバ食べて帰ろうや~。」と言ってしまった。その瞬間、母親は僕にビンタを食らわして、 「あんた!死ぬかも分かれへんのに、ようそんな事言えたなあ!」と怒鳴った。僕はビンタされた事よりも、 その初めて生で聞いた「死ぬ」という言葉の方がショックで、何故か涙がこぼれ落ちた。
僕はそれから、言葉を発する事が出来ないまま、すっかり陽が暮れた小児科からの帰り道を、 足早にスタスタと歩く母親の後ろを、泣きながら付いて帰った。

「肺炎って、何なん?」「肺炎はな、肺の病気で、昔は肺炎でたくさんの人が死んだんや。 うちの若い頃の友達も何人か肺炎で死んでしもたわ。でもな、今はな、肺炎になっても、 お母ちゃんの言う事をちゃんと聞いて、栄養のあるもん食べて、ゆっくり寝とったら、すぐに元気になるんやて。」 「ほんまに元気になるん?死ねへんのん?」「当たり前や。その代わり、お母ちゃんの言う事をちゃんと 聞かなアカンねんで。」学校が休めるので嬉しい反面、下手をしたら死ぬかもしれないという不安、 そんなこんなで気持ちは複雑だったが、学校に行かなくてもいいし、もちろん宿題をしなくていいし、 寝ているだけで褒められるし、美味しいご飯が食べれるし、こんな生活もええなあと頭のどこかで思っていた。 ただ、それも最初の3日で飽きてしまった。それもそのはず、こっちは遊び盛りの12歳である。
肺炎と名前は付いているものの、僕にとってはただの風邪みたいなもので、食欲もあるし、 体もピンピンしていた。それなのに、ご飯を食べる時以外は寝ていなくてはいけない。 そうしなければ死ぬと、母親に脅されていたので、仕方がなかったが、これほどに辛いとは 夢にも思っていなかった。テレビは一家に一台の時代だったので、僕が寝ている部屋には テレビがあるはずもなく、持ってるマンガは全部読んでしまったし、ただラジオだけが僕の友達だった。
ラジオといっても、FMを受信出来るような高級なものは家に無かったので、AM放送一本である。 「歌のない歌謡曲」「ありがとう浜村淳です」「ごめんやす馬場章夫です」「昼の歌謡曲」 「グァムグァムリクエスト」「全国子ども電話相談室」「MBSヤングタウン」と朝から 晩までラジオ漬けだった。当時ヒットしていたオフコースの「さよなら」という曲が、 一日に何回もラジオから流れて来て、うんざりしたものだが、 あまりにも聞き過ぎて、今だに歌詞を記憶している。

病気が病気だけに、友達にも会えないし、話す相手といえば家族だけなんで、 幾らラジオがあるといっても、気分は落ち込むもので、そんな僕の様子を悟ってか、 母親が本を3冊買って来てくれた。「面白そうな本買ってきたったから、これでも読んどきいや。」 「え~、何でマンガやないん。俺、本苦手やねん。」そう言いながらも、パラパラと本をめくっていると、 ちょっとだけでも読んでみようかなあという気持ちになった。最初に手に取った本のタイトルは 「弥次さん喜多さん珍道中」だった。この本の原作は江戸時代の作家である十返舎一九の 東海道中膝栗毛で、それを誰かが子供用にアレンジしたものである。
読み始めこそは、こんな時代劇を俺が最後まで読める訳がないと思っていたが、読み進むうちに すっかりのめり込んでしまって、次のページをめくるのが、楽しみで楽しみで仕方なくなった。 この物語は、弥次さんと喜多さんのおっちょこちょい二人が、東海道を江戸から京都まで 旅をする話で、その道中での二人の掛け合いや行く先々で起こる数々の騒動が本当に面白かった。
その本を読んでいると、まるで僕も弥次さんと喜多さんと一緒に旅をしている気分になって、 目を瞑ると、街道の景色や茶店や宿屋の雰囲気がハッキリと浮かんでくるのだった。 病気が治って、学校に行けるようになるのに、2週間程かかったが、その間に僕は 「弥次さん喜多さん珍道中」を3回は読み返したと思う。それからというもの、 僕は小学生のくせに、昔の街道、宿場町、家屋、神社仏閣、等に興味を持ち。
地図や何かで旧街道を探しては、現地を訪れるようになった。 そして、そこに立ちながら、弥次さんや喜多さんの気分を味わうのだった。 たかが一冊の本なのだが、その影響たるや恐るべしで、 50歳を目の前にした今現在でも、それは変わっていない。

大阪にBaconというバンドがあって、そのバンドのリーダーであるコウド君と出会って、 もう15年ぐらいになるだろうか。出会った頃から、彼とは音楽の話はほとんどする事がないが、 いつも別の話題で盛り上がってしまう。それは、旧街道、廃墟、市電、廃線、遊郭、等の かなりマニアックな話である。僕らは毎月毎月会う度にそんな話で盛り上がっていた訳だが、 いつの日からか、二人の休日を上手い事合わせて、僕らが興味のある旧跡云々を歩いて 回るようになってしまっていた。
その二人の感じは、まるで僕が肺炎で苦しんでいた時に出会った 「弥次さん喜多さん珍道中」のようである。ある時、僕はこの二人の会を「ぶらコウド」と名付けた。
これは、有名芸能人のタモリさんがNHKでやっている番組「ブラタモリ」にあやかったもので、 タモリさんの趣味である街歩きがそのまま一つの番組になったものであり、 僕はその番組を初めて見た時から、これは僕とコウド君が日頃二人でやっている事と 全く同じだと感じた事に由来している。
僕とコウド君の「ぶらコウド」は、色んな人を 巻き添えにして、色々な街を歩いた。代表的なものに「日本最古の街道、竹内街道を 奈良から堺まで歩く35キロの旅」「大阪最南端から和歌山に通じる池田隧道と廃墟を訪ねて」「 岩湧山から山を4つ越えて河内長野まで」「堺の遊郭跡を探る」「関西の廃線跡を探る」 「大阪最後のチンチン電車、阪堺電車でライブを」等があるが、それはほんの一部で、 ちょっとでも二人の話題に上れば、それを検証する為に、色々な街を訪れた。
僕らの目標の一つは、タモリさんを大阪に呼んで、3人で歩く事である。 そんな僕らが毎年正月に開催している一大イベントである「ぶらコウド」の2017年版が つい先日決定した。2017年1月3日(火)「ぶらコウド2017~伊勢路/暗峠奈良街道を 大阪・玉造から奈良市街まで歩く31キロの旅」である。毎年1月3日に開催している このイベントは、毎回ハードで、毎回故障者が出るが、それでもワクワクしてしまう。
このイベントの模様は、何らかで発表しますので、興味のある方は楽しみにしておいて下さい。 僕はあの肺炎になった時から、弥次さんであり、喜多さんである。弥次さんと喜多さんが 面白可笑しく旅を続けたように、僕は僕で人生という旅をまだまだ続けていこうと思う。

(文:加藤鶴一)







※震災関連の復興支援に関して※
現在、ファンダンゴ受付にて「熊本地震復興支援募金箱」を、
バーカウンターにて「東日本大震災復興支援募金箱」を設置しております。
皆様からの募金に関しては、
現地で必要とされている物資に代えて、
現地に届けさせて頂きます。
また、その詳細はまめに報告させて頂きますので、
御協力を宜しくお願い致します。




『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』







*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
大火災から2年7ヶ月、10月1日に「しょんべん横丁」が
復活を果たしました。
これもひとえに、商店街の方々の努力と
ご支援頂いた皆々様の情熱の賜物です。
まだまだオープンしてない店舗もありますが、
この後続々とオープンしていくみたいなので、
是非とも新しく生まれ変わった
「しゃんべん横丁」を覗きに来て下さい。
尚、ファンダンゴには「しょんべん横丁復興支援Tシャツ」が
大量に残ってますので、十三に遊びに来た記念に
買って頂けたら嬉しいです。
詳細は以下のリンクから。

『十三駅前ションベン横丁復興支援Tシャツ販売中!!』
『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

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