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『2016年を振り返ってみた。一番印象に残っている
出来事といえば、この歳で原付免許を取得して、
一生乗る事がないと思っていたバイクを手に入れた事だが、
それに匹敵する位の出来事は、一生足を踏み入れる事がないと
思っていたUSJに2回も行った事である。
2017年の僕には何が待っているのだろうか。
50歳になったからって油断は出来ない。』

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受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#208 ゴジラと過ごした正月



気がつけば、2016年が終わろうとしていた。今日がクリスマスイブなので、もうあと1週間程で終わってしまう。 今年、やり残した事は?そんなものはどこにも見当たらない。今年は自分の中でしっかりと楽しめたと思っている。 だから、何なら早く来年の正月が来て欲しいとさえ思っている。正月休み。何と素敵な言葉の響きなんだろう。 僕の大好きな正月休みがもうそこまで来ている。僕らファンダンゴは12/31~1/5までが正月休みである。 同業者からは「そんなに休めて、羨ましいわ。」などと言われたりするが、これでも短くした方である。
5年程前までは、12/30~1/6まで休んでいたのだが、社長に休み過ぎてる事がバレて、キツく注意を受けたのが原因で、 泣く泣く正月休みを2日間縮めたのである。「ファンダンゴは年越しライブしないんですか?」という質問を 受ける事がたまにあるが、それは愚問である。大晦日、僕は嫁さんの実家で紅白歌合戦を見ながら、 年越し蕎麦を食べなければならないのだ。「1/3に新年会イベントがあるんですが、遊びに来ませんか?」などと 誘ってくれる時があるが、そんなものにも行かないようにしている。1/3と言えば、まだ正月である。 僕は正月から、そんな賑やかな所に行きたくないのだ。と言うより、みんな頑張り過ぎである。
僕が中学生ぐらいの頃までは、正月三が日は神社やお寺ぐらいしか開いてなくて、コンビニなんて無かったし、 デパートも商店も全部休んでたもんな。何かそのセカセカせずにゆったりとした雰囲気こそが、 正月に対する僕のイメージである。今、大阪でそんな正月の雰囲気を味わう事は出来なくなったが、 せめて自分だけでも正月ぐらいはゆっくり過ごそうと思っている。

僕が中学校に入る頃までは、毎年正月は親戚や知り合いが集まる事になっていた。仕事が忙しいのか 何だか分からなかったが、父親は家を空ける事が多く、家に帰って来たとしても夜遅くで、 翌朝の早くには出て行ってたので、ちゃんと顔を会わす事は少なかったように思う。そんな父親と ベッタリ一緒に居るのは正月ぐらいなものなので、当時小学生だった僕は父親と過ごす正月三が日が 嬉しいような照れくさいようなそんな感じだった。ただ賑やかな事が好きだった父親は、元旦から家に ガンガン友達を呼ぶものだから、僕ら4人家族がゆっくり顔を会わせるのは元旦の午前中だけだった。 昼前からはどこからとなく父親の友達と思われる酔っぱらい達が集まって来るのだった。
僕の家には形が歪なちょっと大きめのちゃぶ台があったのだが、そのちゃぶ台の上に母親が作った おせち料理が大皿に盛られて並べられており、それをアテにみんなビールか日本酒を飲んでいるのだ。 訳の分からない酔っぱらい達の会話が面白いはずもなく、僕と弟は近所の空き地に行って、 コマ回しや凧揚げをして遊んでるのだった。当時は気付かなかったが、あんな酔っぱらい達の相手を していた母親はしんどかったんだろうなあと思う。父親は完全無欠に泥酔してるし、酔っぱらい達は 子供でも分かるような下ネタを大声で連呼しては大声で笑っているのだ。母親がそれを静止しても、 そんなものに耳を傾ける訳はなく、夜遅くまで騒いで、僕らが寝た後に帰って行くのだった。
ただ、そんな酔っぱらい達が家に来れば来る程、そして酔っぱらえば酔っぱらう程、 お年玉の額が跳ね上がるので、それはそれで嬉しかったものである。

騒がしかった元旦が過ぎたとはいえ、僕の家が静かになる事はなかった。父親は3人兄弟の長男で、 毎年1月2日は父親方の親戚一同が僕の家に集まる習わしになっていた。この日も昼前から 宴会が始まるのだ。ただ祖父を含めて男衆が4人なので、元旦に比べたら静かな宴会である。 父親方の従兄弟は僕を含めて全部で7人いて、全員歳が近い事もあって、物心ついた時から仲が良かった。 だから、正月やお盆に会えるのが嬉しくて、大人が宴会をしている間、時間を惜しんでずっと 一緒に遊んでいた。そんな楽しい時間も、毎年父親の怒鳴り声で幕を閉じるのだった。
静かな宴会だと言えども、長時間の飲酒というものは怖いもので、毎年そろそろお開きという時間になった頃に 喧嘩が始まるのだった。父親と父親の妹の旦那さんによる喧嘩である。普段は非常に二人仲がいいのだが、 泥酔状態になってしまうと、必ず叔父さんが父親に激しくカラみだすのだ。 父親も父親でそんな叔父さんを上手くなだめれば、そのまま静まるものを、火に油を注ぐような 暴言で応戦するのだった。こうなると、例え祖父やもう一人の叔父さんが止めに入っても、止まる訳もない。 そのうち掴み合いになり、殴り合いになるのだった。 僕ら従兄弟たちは、そんな酔っぱらった大人の馬鹿げた喧嘩を見ながら、そろそろお別れの時間が 来たんだなあと思って、おセンチな気分になるのだった。

激しかった家での正月2日間が過ぎ、1月3日にようやく僕ら家族は出かける事が出来るのだった。 外出すると言っても、母親方の新年会の為に、母親の長男の家に行くのだ。母親は7人兄弟の下から2番目で、 母以外の兄弟はみんな銭湯を営んでいた。大家族が一同に集まる訳だから、総勢35人位の大宴会になる。 大人が15人で子供が20人。子供が20人でも、母親は兄弟でも下の方なので、 ほとんどが僕より年上の兄ちゃんや姉ちゃんだった。だから僕の事を可愛がってくれていたのだろう。 大人が宴会している間に、兄ちゃんたちに連れられて、街に繰り出しては、色々な大人の遊びを教えてもらった。 煙草に酒に色事。僕の全てのデビューはここである。母親は怒濤の2日間を乗り越えたのと、 気心知れた兄弟家族に会えるのとで、毎年楽しそうにしてた。父親は自分だけ職種が違うので上手く話せないのか、 序盤からハイペースで酒を飲み続け、後半になれば大いびきで寝ているか、下手なカラオケを大声で歌いまくっているかだった。
ある年には、ひどく飲み過ぎて、おせち料理が並べられてある座敷の机を目がけて、大量のゲロを噴射した事があった。 それを見た従兄弟の兄ちゃんや姉ちゃんは、次の瞬間から父親にゴジラというあだ名を付けた。 今でも従兄弟に会ったら、その事件が話題に上るぐらい強烈な出来事だったのだ。 いつも帰るのが嫌になるぐらい楽しかったが、一人帰って行き、二人帰って行きして、 僕ら家族も電車に乗って帰るのだった。 帰りの電車の中で真っ暗な景色が流れて行くのを見ながら、 今年の正月も終わってしまうのかと、何だか物悲しい気持ちになるのだった。

1月4日の朝起きると、父親はもう仕事に出かけていた。今から思うと、大晦日から正月三が日をたくさんの人を 相手に大量の酒を飲み続けていた父親の事を凄い人だと思う。よくあれだけ飲めたものだ。 それもこれもサービス精神の賜物だったのだろう。そんな父親も今では、人と会いたがらないし、 酒の一滴も飲まなくなってしまった。あの時のゴジラをもう一度見てみたいなあ。 とりあえず、次の正月も実家に帰ってみるか。

(文:加藤鶴一)







※震災関連の復興支援に関して※
現在、ファンダンゴ受付にて「熊本地震復興支援募金箱」を、
バーカウンターにて「東日本大震災復興支援募金箱」を設置しております。
皆様からの募金に関しては、
現地で必要とされている物資に代えて、
現地に届けさせて頂きます。
また、その詳細はまめに報告させて頂きますので、
御協力を宜しくお願い致します。




『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』







*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
大火災から2年7ヶ月、10月1日に「しょんべん横丁」が
復活を果たしました。
これもひとえに、商店街の方々の努力と
ご支援頂いた皆々様の情熱の賜物です。
まだまだオープンしてない店舗もありますが、
この後続々とオープンしていくみたいなので、
是非とも新しく生まれ変わった
「しゃんべん横丁」を覗きに来て下さい。
尚、ファンダンゴには「しょんべん横丁復興支援Tシャツ」が
大量に残ってますので、十三に遊びに来た記念に
買って頂けたら嬉しいです。
詳細は以下のリンクから。

『十三駅前ションベン横丁復興支援Tシャツ販売中!!』
『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

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