大阪のライブバー ファンダンゴ 音楽 ロック ギターのロゴ fandango pick-up live link
cap gif. file link to Fandango schedule page cap gif. file link to Fandango information page cap gif. file link to Fandango links page link to fandnago GOODS page cap gif. file
cap gif. file link to Fandango pcik-up live page cap gif. file link to Fandango index page cap gif. file link to Fandango live report archives cap gif. file

バンド募集

ウルトラ募集





『ファンダンゴから歩いて10分、十三駅東口にある十三の戎さんこと神津神社に今年も参拝してきました。 昨年もファンダンゴ/村上と一緒に詣ったのですが、その帰りに寄ったしゃんべん横丁にある十三屋という居酒屋の名店で酌を交わしながら、 ファンダンゴを閉店してしまうか、移転するかを話し合ったのを昨日の事のように思い出した。 ちょうど一年前の僕は気が弱くなっていたから、ファンダンゴを閉める方向で話を持って行ったのをよく覚えている。 今年の戎さんの帰りにも昨年と同じ十三屋の同じ席に座って村上と乾杯してきたのですが、 そこには昨年とは打って変わって意気揚々とファンダンゴの未来の話している自分がいた。 今の場所でのファンダンゴはあと7ヶ月を切ってしまいましたが、 ワクワクするような話を少しでも早く皆さんに伝える事が出来るように精進しますので、 今年も宜しくお願い致します!!』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
232 寝屋川の犬


もうすぐ平成最後の年末を迎えようとしている。そして、息つく暇もなく平成最後の正月がやって来る。別に年号が変わったからといって、それ以外は特に何が変わる訳ではないが、そんな話をちらほらと端から聞く度に、 僕にとっての平成とは何だったのだろうとぼんやり考えている時がある。僕がこのファンダンゴで働きだしたのが、平成2年だと記憶しているので、よくよく考えてみたら、僕にとっての平成とはファンダンゴでの 生活が九割九分を占める事になる。先日発表したので皆さんがご存知だと思いますが、この十三ファンダンゴは2019年の7月31日をもって正式な営業が終わる事が決まっている。十三ファンダンゴがオープンしたのが 1987年10月20日なので、年号でいうと昭和62年になる。なので、十三ファンダンゴは昭和/平成/そして年号はまだ発表されてはないが、次の年号を含めた3つの年号を跨いで営業した事になる。 偉そうな言い方をすると「3つの時代を駆け抜けたライブハウス」みたいな感じになるのだろうが、実際は昭和が1年と2ヶ月だけの営業であり、そして新しい年号に5月から変わるという事なので、新年号になってから は3ヶ月しか営業出来ない事になる。という事は、ファンダンゴが十三で営業してきた約32年間の内のほとんどが平成だった事になる。もうすぐ、僕らが駆け抜けて来た平成が終わってしまう。 そう考えたら寂しい気持ちも否めないが、その後の新しい時代の到来と共に新しい事を始めれる事を嬉しくも思う。ファンダンゴの次の移転先は未だ模索中ですが、この平成が終わるまでには何としても決めたいところである。

つい先日、母方の叔父さんが亡くなった。僕の母親は七人兄弟で、亡くなった正治叔父さんは七人兄弟の末っ子にあたる。正治叔父さんは身体の調子を崩すまで、寝屋川で銭湯を営んでいたので、僕ら子供の間では寝屋川の おっちゃんと呼ばれていた。寝屋川のおっちゃんは銭湯の裏で大きな犬を飼っていたので、僕はその犬に会うのを楽しみに、母親について何度か遊びに行った記憶がある。それは小学校低学年の頃だったので、銭湯の屋号が何で、 場所がどこで、家の間取りがどうだったとかは全く覚えていないが、大きな犬がいた事だけを覚えている。ただ犬が大きかった事は覚えているが、その種類がどうしても思い出せないでいた。寝屋川の おっちゃんが亡くなったと母親から連絡をもらった時、元気だった頃のおっちゃんの顔とあの大きな犬の姿が真っ先に僕の頭に浮かんだ。この機会にあの犬が何だったかを思い出そうと、僕はお通夜に向かう 電車の中で、大型犬一覧というページをネットで開いて、降りる駅を乗り過ごしかけるほど真剣に、一頭一頭細かいところまで調べたのだが、やはりあれが何犬だったのかを全く思い出せないでいた。

お通夜は親戚と家族をあわせて15人程の少人数だった。俺が死んだ時は家族だけで送ってくれというのがおっちゃんの遺言だったらしい。それを聞いた僕は、生前から飾り気がなかったおっちゃんらしいなあと思った。 お通夜に来れたのは、おっちゃんの家族と生存している母の兄弟と僕を含めたいとこが6人。中には30数年前のおばあちゃんの葬式以来会っていなかった親戚もいたので、少し照れくさい思いもあったが、 久しぶりに会える嬉しさもあった。一連の儀式が終わって、みんなで食事をする運びになっていた。親は親同士で集まって席に着き、いとこはいとこ同士が集まって席に着いた。出席していたいとこは、母親の 一番上の兄貴のとこの4人姉妹と一番上の姉さんとこの長男と僕の六人だった。そこに、寝屋川のおっちゃんの息子二人が混じって話していると何だか昔に戻ったような懐かしい気持ちになった。おばあちゃんが 亡くなるまでは、毎年正月におばあちゃんの家に親戚一同が集まっていたので、その頃の話で盛り上がった。毎年楽しみにしてたお年玉の話、みんなで宴会をしてる席で僕の父親が突然嘔吐した時の話、 近所の空き地で一番上の兄ちゃんに無理矢理タバコを吸わされた話、寝屋川のおっちゃんの武勇伝、優しかったおばあちゃんの話、ワイワイガヤガヤと話は全く尽きなかった。そろそろお開きという時間になった時に、 僕が話を切り出した。「寝屋川のおっちゃん、大きな犬を飼ってたやんねえ?」「えっ、うちは犬なんか飼うた事なかったよ。」「嘘やん、大きな犬やでえ。」「えっ、何犬?」「それが思い出されへんねん。」 「おばあちゃんのとこにおったセントバーナードと勘違いしてるんとちゃうん。」「いや、確かに寝屋川に大きな犬おったと思うんやけど・・」「お父ちゃんが犬嫌いやったから、絶対に違うって。」 そのままその話は流されて、話はおばあちゃんとこのセントバーナードがいつも臭かったという話に移った。それから食事会が終わるまで、僕はあの大きな犬の事しか考えれなかった。小学校の頃の 僕が会うのを楽しみにしてたあの大きな犬は何だったのだろうか。僕は幻でも見ていたのだろうか。

葬儀場から最寄りの駅までが徒歩で20分かかるというので、僕は4人姉妹の車で送ってもらえる事になった。生前、鶴が丘のおばあちゃんは長男夫婦と一緒に暮らしていて、そこの4人姉妹である。 一番下の清美ちゃんだけ僕より年下で、他の3人は年上である。昔は4人とも本当に可愛くて、特に一番上の恵美子姉ちゃんはずば抜けていて、子供だった僕は恵美子姉ちゃんに恋心を抱いた事もあった。 僕は恵美子姉ちゃんが運転する車の助手席に乗せてもらった。「恵美子姉ちゃんとこの銭湯はお客さんは入ってんのん?」「相変わらずやなあ。鶴ちゃんはまだライブハウスなん?」「まだやってるで。」 「もう、あんたも長い事やってんなあ。ラウドネスとか出演したりするん?」「いやあ、姉ちゃん、ラウドネスって言うたら世界的なバンドでな、僕らのとこみたいな小さなライブハウス なんかに来るバンドとちゃうねん。」「そうなんや。あの子ら私の幼なじみで、今でもたまに一緒に呑んだりするでえ。」「えっ、本当なん?」「だって高崎君はうちの銭湯の前に住んでたし、 山下君は今でもうちの銭湯の横に住んでるで。あと二井原君も家近所やったし、みんな同級生やねん。」「マジで!もっと早く教えてくれたら良かったのに〜。」「今度みんなに会うたら、鶴ちゃんの ライブハウスの事を言うとくわな。」もう少し姉ちゃん達と話をしていたかったが、そんな話をしているうちに車は駅に到着した。音楽に縁のなさそうな恵美子姉ちゃんと音楽の話が、それもラウドネスの 話が出来た事が何だか嬉しくて、また近いうちに会って色々な話を聞いてみたいなあと思ったが、地下鉄が終点駅に着く頃には、次に会うのは親戚の誰かが亡くなった時になるんだろうなあと思っていた。
(文:加藤鶴一)









『10/1(月)から発売の「ファンダンゴ31周年記念グッズ」。 今年はTシャツ、トレーナー、ステッカーと、シンプルな品揃えになっております。 色んな意味を込めて、今回のデザイナーには、毎月のマンスリースケジュールの表紙を描いてくれているタクノユウ画伯、 毎回破天荒なステージで僕らを驚愕させるクリトリック・リス画伯、いつも何かと僕らをサポートしてくれている酒匂なおこ画伯という3人の奇才を迎えました。 どの商品も最高の出来になってますので、自分のご褒美、ご家族へのお土産、結婚式の引き出物等にご利用頂けたら嬉しいです。 尚、売り切れ御免ですので、早めのご購入をお勧めします。』





ファンダンゴでは引き続き西日本豪雨災害への復興募金箱の設置をさせて頂いております!





お預かりした募金は被災した宇和島の吉田中学校、及び土砂災害で被害を受けたみかん農家に復興支援として届けてきます。 まだまだ現地での活動・支援を続けて行きますので、出来る範囲でご協力の程、宜しくお願い致します。


『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』




*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
大火災から2年7ヶ月、10月1日に「しょんべん横丁」が
復活を果たしました。
これもひとえに、商店街の方々の努力と
ご支援頂いた皆々様の情熱の賜物です。
まだまだオープンしてない店舗もありますが、
この後続々とオープンしていくみたいなので、
是非とも新しく生まれ変わった
「しゃんべん横丁」を覗きに来て下さい。
尚、ファンダンゴには「しょんべん横丁復興支援Tシャツ」が
大量に残ってますので、十三に遊びに来た記念に
買って頂けたら嬉しいです。
詳細は以下のリンクから。

『十三駅前ションベン横丁復興支援Tシャツ販売中!!』
『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

スケジュール インフォ pick-up リンクス E-mail

Return to Top of page↑

Copyright(C) 1999-2050 Live-Bar Fandango. All rights reserved.
1-17-27 Juso-Honmachi
Yodogawa-ku
Osaka, Japan
call: 06-6308-1621
fax: 06-6301-2511
email: fandango@fandango-go.com