大阪のライブバー ファンダンゴ 音楽 ロック ギターのロゴ fandango pick-up live link
cap gif. file link to Fandango schedule page cap gif. file link to Fandango information page cap gif. file link to Fandango links page link to fandnago GOODS page cap gif. file
cap gif. file link to Fandango pcik-up live page cap gif. file link to Fandango index page cap gif. file link to Fandango live report archives cap gif. file

バンド募集

ウルトラ募集

tommytown







『どちらの写真も当時に配布していたA3サイズの大きさがあるファンダンゴのマンスリースケジュール。 青い方は1993年4月号で、僕らがファンダンゴのホールの奥の部屋に作った貸本屋「コミックボム」の 開店広告が載っている。赤い方は同年7月号で、翌月に開催される夏のオールナイトイベントやフリーマッケット イベントが告知されている。』

※ファンダンゴでは、各日のチケットの電話予約・E-mail予約を
受け付けています。お気軽にお問合せ下さい


吠えろ!ファンダンゴ!!
#223 回想(1992〜1993)


1992年といえば、あのバブル景気崩壊前夜であり、景気がどうのこうのと世間は騒いでいたが、十三の町はそんな事を感じさせる事もなく、毎晩のように賑わっていた。 週末の特に休日前の夜なんかは、日付が変わろうとしてるにも関わらず、十三栄町商店街なんかは真っすぐ歩けない程の多くの人で溢れかえっていた。栄町商店街とは、 十三駅からファンダンゴに行く途中にあるスタジオ246やがんこ寿司がある通りで、現在では週末でも当時程の賑わいは感じられない。そんな町の賑わいは 栄町商店街だけのものではなく、ファンダンゴの前の通りも相当な賑わいだった。当時のファンダンゴの防音設備は本当に簡単なもので、音はほぼ垂れ流し状態だったが、 音の苦情に関してはほとんど無かったように記憶している。それは町自体が賑わっていて騒がしかったからに他ならない。その証拠にファンダンゴの騒音問題が深刻になり だしたのは、何年も後の事で十三の町からかつての賑わいが無くなってしまってからである。当時はこれが不景気というものなのかと感心したりしたが、そんな感心をして る暇がないぐらいに苦情が舞い込んでくる事になる。それはまた後々書かせて頂く事にして、やっぱり当時はファンダンゴから漏れる音よりも町の音の方が騒がしかったの だ。そんな好景気を反映してか、ファンダンゴのチケット代金も、開店した1987年に1000円だったのが、1200円になり、1300円になり、この年には 1500円の公演が増えてきている。5年間で500円も料金が上がった計算になる。これは好景気のせいもあるが、一連のバンドブームで世間にライブハウスという 存在がちょっとは知られたからではないかと思う。

一連のバンドブームが終焉してから、バンドの作る音やスタンスが変わってきたのもこの頃だと思う。人任せではなく、自分達から発信していくバンドが増えた。 日々のライブはもちろん、リリースやツアー、物販に至るまで、必死にアイデアを持ち寄って、常に新しいもの、面白いものを発信しようとしていた。そんな状況が 相乗効果をもたらしてか、ファンダンゴはもちろん、大阪全体がうごめいているような感じがあった。バンドやインディーズのレコード会社による主催イベントが増えて きた事もそんな状況を物語ってるのではないだろうか。ファンダンゴで毎月のように開催されていて印象に残ってるイベントは、アルケミーレコードによる 「Alchemy Club」で、毎月毎月アルケミーレコードからリリースしているバンドやそれに関わりのあるバンドが出演してくれて、僕にとっては刺激的なイベントであり、 関西の錚々たる人達と知り合える切っ掛けとなったイベントだった。アルケミーレコードは設立当初から全くぶれずに、現在に至るまで個性溢れるアーティストをサポート し続けている凄いレコードレーベルである。そのAlchemy Clubから派生して始まったイベントが、DANCE MACABREによる「HALLOWEEN HAVOC」と「666」で、 この1992年には既に定期的に開催されていた。その他にも、NightmareとWARHEADによる「SMASH YOUR CHAINS」、GARLICBOYSによる 「COCK BANGERS BALL」、JAB JAB ON WARPによる「ALL STOMAC SAUNA」、L.R.FやGRIFFINによる「TRUE FORCE」、THE RYDERSによる「ANARCHY TOUR」 が特に印象が残っている。この後、ファンダンゴがパンク系のライブハウスというイメージが付いたのは、これらの影響が大きいのではなかろうか。今もそうだと思うが、 特に当時の若者は特にライブハウスに日頃感じられない刺激を求めにやって来て、人一倍エネルギーを発散する訳だから、音漏れの苦情こそ少なかったが、店の前での タムロや頻繁に起こった喧嘩の苦情は多かった。ミクスチャーやマンチェスター、グランジ等というジャンル用語が頻繁に使われだしたのもこの頃のような気がする。

僕はといえば、1992年の秋に、ブッキングの仕事は一切しなくていいという条件で、ファンダンゴに返り咲かせてもらったはずだったのだが、いつの間にかブッキング を手伝わざる得ない状況になっていた。前任のブッキングマネージャーが凄く仕事ができる人だったので、その人がいなくなった途端にブッキングが上手く回らなくなって、 スタッフ全員で何とかしようという感じになったのだ。しかし、どれだけ必死にやっても、なかなか上手くいくものではなかった。それでもみんなでファンダンゴを動か している感じがして、いくら営業成績が悪くとも、僕としては楽しかった。そんな1992年も毎年末恒例となっていたオールナイトライブで年を越す事が出来た。 この頃は、年越しとお盆前にオールナイトイベントを開催していて、年越しイベントはジャンルレスでその年に活躍してくれたバンドに来てもらって、お盆のイベントは パンク/ハードコア系のバンドに来てもらって、夜通し遊んだ。お客さんも延べ500人程集まるぐらいの大盛況だった。そんな大人数が夜通し騒いでいても苦情が余り 無かった事から考えてみても、当時の十三は騒がしかったのだろう。僕も若かったもので、夏のオールナイトの日なんかは夕方から朝8時ぐらいまで仕事をして、それから ファンダンゴ向かいの焼肉しいちゃんで軽く打ち上げをして、ちょっと休んだだけで、そのままその日の仕事をしていた。今なら絶対に考えられないが、それでも全く平気 だったような気がする。そんなオールナイトイベントは、近隣からの苦情によって、2年後の1994年の年越しが最後になってしまうのだった。

1993年4月、僕らはファンダンゴのバーカウンターの奥の部屋に「COMIC BOMB」という貸し漫画屋をオープンさせた。何故そんな事になったかというと、スタッフ 全員が漫画好きだった事もあって、スタッフの間で漫画の貸し借りが頻繁に行われていたのだが、ある時に誰かが「読みたい漫画があるけど、古本のくせにムッチャ 高値やから、買われへんねん」と言い出したのだった。その一言に端を発して、みんな口々に欲しい漫画のタイトルを並べだした。どれもこれも既に価値が付いていて、 僕ら庶民には手の届かない漫画が多かったが、そんな話をしているとどうしても読みたくなるもので、それなら皆の力を合わせて集めようという事から、皆で漫画を集め 出したのが事の始まりだった。ただ、それを僕らの仲間内で回しているだけでは意味が無い。漫画も音楽と一緒で、歴史があり、奥深く、人生を変えられる程の影響力 があるものなので、一人でも多くの人に僕らが知ってる名作を伝えたい。そんな気持ちから貸し漫画屋を始めるまでに至ったのである。それからというもの、僕らは漫画 集めに奔走した。スタッフ全員の持ってる漫画を集め、関西中の古本屋を回り、出演バンドや関係者からも要らない漫画をもらい、最後には一般に向けての募集広告も出 した。コミックボムのスローガンは「マニアから漫画を取り返せ!」である。ある程度の漫画が集まったところで、僕らは店作りを始めた。廃材を集めてきてはノコギリで 切って、限られたスペースに一冊でも多くの漫画を置けるように棚を作った。そして、満を持してコミックボムはオープンしたのだった。漫画をはじめサブカルチャー系の 雑誌を含めて3000冊以上の品揃えである。オープン当初は、雑誌の取材が来るぐらい話題になり、バンドマンからの評判も良かった。わざわざライブチャージを 支払って、漫画を読みに来るだけの人もいたぐらいである。漫画好きのバンドマンなんかは、リハーサルから本番までの間、ずっと漫画を読んでいた。賃料は何冊借りても 100円で、その収益は新しい漫画を買う為の資金にした。そんな漫画喫茶の走りだったコミックボムも管理不足と時代の移り変りがあいまって、10年ぐらいで自然消滅 してしまうのだった。
(文:加藤鶴一)





※震災関連の復興支援に関して※
現在、ファンダンゴ受付とバーカウンターにて
「東日本大震災復興支援募金箱」を設置しております。




3/13&3/14の二日間、東北沿岸部をまわり、FANDANGOでお預かりしていた東北復興募金のお金で購入した知育グッズや文房具を気仙沼の“双葉保育園”に、 復興キーホルダーの売り上げを南相馬の自立支援所“えんどう豆”に届けてきました! まだまだ続けて行きますので、出来る範囲でご協力の程、宜しくお願い致します。

『NBC作戦本舗』
『南相馬の託児所「KID'S CLUB」』
『ONE WORD FOR ONE WORLD』
『東北ライブハウス大作戦』
『夢ママ(岩手県大船渡長沢仮設代表)』




*十三駅前ションベン横丁復興支援に関して*
大火災から2年7ヶ月、10月1日に「しょんべん横丁」が
復活を果たしました。
これもひとえに、商店街の方々の努力と
ご支援頂いた皆々様の情熱の賜物です。
まだまだオープンしてない店舗もありますが、
この後続々とオープンしていくみたいなので、
是非とも新しく生まれ変わった
「しゃんべん横丁」を覗きに来て下さい。
尚、ファンダンゴには「しょんべん横丁復興支援Tシャツ」が
大量に残ってますので、十三に遊びに来た記念に
買って頂けたら嬉しいです。
詳細は以下のリンクから。

『十三駅前ションベン横丁復興支援Tシャツ販売中!!』
『十三トミータウン(ションベン横丁)復興の進捗状況』

スケジュール インフォ pick-up リンクス E-mail

Return to Top of page↑

Copyright(C) 1999-2050 Live-Bar Fandango. All rights reserved.
1-17-27 Juso-Honmachi
Yodogawa-ku
Osaka, Japan
call: 06-6308-1621
fax: 06-6301-2511
email: fandango@fandango-go.com